サネカズラがゆらめく -6.5【だかれる】

鼻先をくすぐるのは彼女の匂い。もう止めるものは誰もいない。ずっと伏せていた狼は、走り出したら止まらない。無防備に四肢を広げて転がる獲物に顔をうずめて、静かに服に手をかけた。
怯えた目を見せるたびにキスを落として、悪意のないことを示しながら、服を剥がしていく。

「……やさしく、してね?」
「分かってるよ」

本当は止める声も聞かないで、それこそ本当に乱暴に獣のように、彼女を貪って食い荒らしたい。そんな気持ちがないと言ったら嘘になる。
けれどそれはかつて彼女を蹂躙したそれらと何も変わらず、彼女に暗い影を落とすだけだ。

「……ッ」
「……怖いか?」

再び一線を超えようというところ、ユーエは小さく震えていた。
問いかけには曖昧に微笑んで返してこそ来るものの、藍色の目は不安げに揺れている。

「大丈夫、……俺に、任せてくれ」

かつて初めて彼女を抱いたときにも、同じような言葉を吐いた気がする。同じように不安げな顔をした彼女を抱きとめて、吐いた言葉は、今でも同じだけの効力を持つのだろうか。
きゅっと結ばれていた口が、やんわりと綻んだ。

「好きにして、いいよ」

その言葉ひとつで、全てが許されたような、そんな気になる。
顕わになった豊満な双丘に顔をうずめて、柔らかさを堪能しながら、悪戯っ子のように囁く。

「……言ったな?後悔するなよ」
「しない。……アルは、やさしいから」

ずきりと胸の奥が痛んで苦しくなる。ああ、これもそうだ、同じ言葉を吐かれた。それは二度目か三度目か覚えていないが、彼女の方から擦り寄ってきたときの。
ユーエの柔らかな肢体に指を這わせると、彼女はくすぐったそうに身を捩って微かに声を漏らした。

「嫌だったら言えよ」
「……いや、じゃない、わ、アルだから……」

ずるい。本当にずるい。
そう言われると何もかも許されたような気になって、彼女をいつものように食い荒らすのも是としてしまう。

「分かった……できる限り優しくするけど、無理だったらごめんな」
「……うん」

深くくちづけて、口腔の中を掻き乱す。
小さな吐息が何度も零れ落ちるのを聞いて、衝動がざわざわと小波立つ。のたりと熱く、ゆるやかに口を離して唾液の糸が引いてつながるのを、熱を帯びた視線で眺めた。

「ユーエ」

もう躊躇わなくてもいい。
改めて彼女に、所有の印を刻むことができる。もう誰にも触れさせない。

「ッあ」
「ユーエ、……ユーエ」

耳元で何度も名前を囁きながら、双丘の天辺を小突く。甘い声をぽろぽろ溢れさせるスイッチを小刻みに指の腹で刺激してやれば、蕩けた声が溢れ出る。
甘い声は燃料。零れたそれを拾い集めて情動のままに、アルキメンデスは愛しい妻を攻め立てる。天辺の突起をそっと加えて舌先で転がしてやると、一際大きな声が零れた。どれだけ離れていたところで、今まで積み重ねてきたぶんのことを、身体は覚えている。

「っふ、ぅ、……ん、っ」
「……ッ、はあ」

漏れる嬌声がさらに衝動を加速させて、興奮のあまりに呼吸が荒くなる。
腹部をすっと撫で下ろして、その下の茂みの奥へ静かに指をあてがえば、ねっとりとした感触がついてきた。

「ひっ、あ、や」
「……大丈夫だ、ユーエ」

言葉で攻め立ててやりたいイドを殺す。
その代わりに深く口付けて、言葉で犯すぶんの代わりにした。やさしいから、そう言われたのがちりちりと心を焼いて、ひどく激しく犯してやりたい欲が抑えられていく。別に今そうする必要はなくて、もっと後でだっていいのだから。かつてそうやって階段を登ってきたように。
秘所にあてがった指をそっと動かせば、卑猥な水音とともにユーエの体が大きく跳ねた。

「あ、ッ……ぅ、ふあっ」

扇情的な甘い声が頭の中を埋め尽くし、彼女の秘所に割り入った時、どんな反応をしてくれるのか、それしか考えられなくなる。
今より甘ったるくて情動に働きかけるような声を零して、それから強く締め付けてくるんだろうか、待ち遠しくてたまらなくなる。

「あ、ありゅ、ぅ、あ」
「……どうした?」
「あ、っあ、う、……ふっあ、や、ぁ」

ぐっと指の腹を押し付けて擦るように動かしただけで、ユーエの身体が弓なりに反らされる。閉じようとする太腿を開いている手と身体で押し留めながら、秘所の奥深くへ、彼女の中へ、指を滑り込ませた。
侵入者の感覚に身を捩るユーエの顔は、すっかり紅潮しきっていた。

「んあ、ぁ、ぅ、……っ、な、なか、に」
「大丈夫、大丈夫……、痛くしないから、大丈夫」

とは言ったものの正直我慢の限界である。
熱を持つ自身の中心から意識を逸らしたいがために、ユーエの身体を責め立てる。

「ユーエ……愛してる、ユーエ」
「あっあ、……ふ、っ、う、ぁ……ッあ、まっ、あ、だめ、」
「我慢しなくていい」

一際強めに手を擦ったところで、声にならない声を上げて、ユーエの身体がびくりと跳ねた。
荒い息を繰り返す果てた身体を抱き寄せると、縋るように腕を回してくる。小刻みに震える身体が愛しくてたまらない。

「あ、ぅ……」
「……気持ちよかったか?」

問いかけに小さく頷いた彼女は、それから何かに気づいた様子でゆらゆらと視線を彷徨わせた。原因はなんだか知っているし、この反応も覚えがある。
抱き寄せれば必然的に彼女の腹部のあたりに当たることになるそれは、確かすぎる存在を主張していた。
何というか気恥ずかしい。いつもならもっと強気に出れてもいいはずなのに。

「……いいかな、ユーエ」
「あう、ぅ」

彼女は静かに頷いた。
屹立する本当に立派なそれを顕わにして、いつものように避妊具を取りに行こうとする手が、掴んで止められた。

「……ユーエ?ちょっと待っててくれよ、すぐ戻る――」
「いらない」

突き刺さる言葉は、真実味を帯びてこない。

「ユーエ、」
「いらない。……アルで、わたしを汚してよ」

手を引く力はやたらと強く感じられ、藍色が真っ直ぐにのぞき込んでくる。かつて自分にあったことをすべて理解したような瞳が、傷の上書きを望んでくる。
舞い戻った不死鳥が、自ら狼に食い荒らされることを望んでいるのだ、

「ゆ、ユーエ、お前何言ってるのか分かってんのか」
「分かってるよ……分かってる、ぜんぶ分かって言ってる、だからいらないって言ってる」

頬に伸ばしてくる指がいやに扇情的で、一撫でされてしまえばそれだけで理性がどこかに吹き飛んでいきそうな、過去を呼び起こすような刺激が走る。
多少なりとも制御してきたつもりでいたのに、もはや何を取ろうとしていたのかさえ思い出せない。頭の中が目の前の彼女で埋まっていく。

「……ユーエがそう言うなら」
「うん」
「ただなあ、お前、優しくできるかはもう知らないぞ」

牽制のつもりで放った言葉は、一言でいなされて溶けた。

「アルはいつだってやさしいから、だいじょうぶね」

もう知らない。
そんな意味を込めて彼女の首筋に噛み付いて歯を立てた。

「ひっ、あ」
「――あとで泣き言言っても聞かないからな」

威嚇するように反り立つ砲塔を押し当てるのは花園の入口、怯みも何もせず、ユーエはアルキメンデスの青い瞳を見返してくる。
覚悟を決めたように微笑んだのを合図に、押し通る。

「いッ、あ、っは、ぅあ――」

秘所の肉壁を掻き分けて、奥まで侵入した彼自身が、絡みつくようにねっとりと締め付けられる。直に触れ合う感覚に理性が溶けていく。伸びてきて肩に回された手を拒むことはせずに、静かに身体を重ねて抱き寄せた。
熱い吐息と身体の熱と自身を刺激される感覚で、おかしくなる。

「……ユーエ」
「んあ、ぅ……あ、ある、……ん、ッ」

深く口付けてつながって、抱き締めてくる手の圧を背中に感じて、ただひたすら抱き合う。貪るように乱暴に口内を掻き乱して、離した唇が糸を引く。
汚してよ、と言ったのは彼女だ。彼女から懇願してきたのだ、もう今更止まれない。何を思ってそう言ったのか知らないけれど、願われたからには全力で。枷を外したのは、他でもなく、彼女だ。

「……動くぞ、ユーエ、……愛してる」
「あ、わ、わたし、も、――ッあぁ!」

突き上げる。それだけの動作でユーエは大きく身を反らして、声を漏らした。奥まで突くたびに喘ぐ声は止まらず、ただひたすらにアルキメンデスの情動を煽る。
太く立派な彼自身が彼女の中を蹂躙していく。動かせば動かすだけ、快感と、煽るような喘ぎ声が零れた。快感に蕩けた顔を向けてくるのにすら暴虐の限りを尽くしたくなり、乱暴な腰使いで彼女を打ちのめす。漏れ出る声が何によるものなのか、確かめたくはなかった。思い込みのまま駆け抜けたい。

「あ、ある、っあ」
「ユーエ、っ……ユーエ、」
「すき、ありゅ、だいすき……っふ、あ」

目の前の彼女がたまらなく愛しい、自分の下でひどく乱れた彼女が愛しい。もう誰にも渡さないし、こんな姿は見せたくない。自分だけが彼女の豊かな双丘と肢体と嬌声と蕩けた顔と秘所を楽しむ権利があって、何人にもそれは侵されてはならない。絶対にだ。
舌っ足らずに呼ばれた名前に完全に理性が焼かれて、落ちたな、と思った。飼い殺されたのは果たしてどちらだろう、互いに溺れてどこにも帰れない。自分を引きずり込んで沈めた深海の色がじっと見つめてくる。

「ひゃ、あう」
「ユーエ、……もっと、激しくするから」

答えは聞かないつもりだったのに、そう囁いてしまって反応を待つ。ゆるやかに向けられた視線が何も言わずに逸らされて、それは彼女なりの肯定の示し方だ。
そうされると意地悪したくなるのがいつもで、

「……どうした?何かあるなら言ってくれないとわかんないぞ」
「う、え……ひゃんっ、あ」

返事を待つ間に攻め立てるのも、いつも。

「あ、ぅ……、……もっと、して、わたしのこと、おかしくして」
「……どうやって?」
「うー……!! あ、アル、の、……おちんちん、で、わたしの、こと、たくさん、おかしく、して……、……これでいい?」

くるり、要求を吐き出しきった目が揺れて、懇願する視線に応えて、唇を重ねる。自然と深く重なったのを離して、そっと抱きしめた。

「ふふ、ユーエはかわいいなあ、本当にかわいい」
「なんなの」
「食べちゃいたいくらいかわいいし、絶対もう俺のそばから離れて欲しくないくらい、かわいい」

それは懺悔、若しくは新たな誓い。

「ユーエ、愛してる、もう絶対俺から離れないでくれ、俺が必ず守るから」
「……うん、言われなくても、そうするのね」

再び唇を重ねて、それからまた、彼女の中を掻き乱していく。
静かにアクセルを踏んで加速して、あとはもう果てるまで。
傷を上書きする。触れた何もかもを駆逐する。上塗りする記録は愛された者のそれ。もう誰にも触れさせないと決めて、その為に、彼女を蹂躙して傷つける。

「ッ、あ……あ、ある、あ」
「……は、っ、ユーエ……ユーエ」

奥まで突かれた衝撃で双丘を揺らしながら、蕩けて焦点の合わない目がアルキメンデスを捕らえて離さない。手と足とで彼の身体を押さえて離さずに、突かれるたびに喘ぎ声を漏らしている。
その様子だけでも十分なくらいなのに、更に中から締め付けてくるから、もう。果てるまでそう時間はかからない。

「ユー、エ……中に、出すからな、……ッ……本当に、いいのか」

何故そんなことを聞いてしまうのだろう、臆病に、慎重に、攻める手は止められないままに問いかけて、言葉での答えはない。代わりに絡みつく四肢の力が強くなって、離してたまるものか、という意思表示がされて、蕩けた顔にやんわりと笑顔が浮かぶ。

「ひっあ、あ、ぅ、……ッあ、ありゅ、あ」
「おま、え、……ユーエ、……ユーエ、――ッ!!」

深く奥まで突き上げて、溢れ出る欲望を彼女の中に注ぎ込む。吐き出し切るまでずいぶんと長い間、彼女に抱きしめられていた気がしたけれど、ひとしきり終わってからも彼女は手を離してくれない。

「……っは、あ、……ユーエ、……」
「あ、あー……ある、ぅ、だいすき、よ、……まだ、このままで、いて、おねがい……」

抱きしめられて息をつく間に、再び湧き上がる欲望の色。
足りない、まだ足りない、もっと彼女を蹂躙したい、もっと堪能して喰い尽くしてしまいたい、今までの分を埋められるだけ埋めたい。
察したユーエが身じろいで見つめてくるのに、何も言われたくなくて、唇を重ねて言葉を奪った。

「……あ、アル、んっ……」
「……いいだろ?ユーエ、……今まで、我慢してた分」
「うー、もう……好きなだけ、やってよ、わたしはアルに汚されたいの、……アルの気が済むまで、そうして?」

挑発するような返答の肯定、再び深く唇を重ねて、彼女を貪る。次に合った視線は、蕩けた幸せの色を浮かべていた。
夜は長い。舞い戻った不死鳥を喰らい尽くす狼の歩みは止まりそうにない。
6と7の間のいつかの夜(というか6直後)想定で書いてるので、サネカズラ読む間に挟むといい感じのやつです。
サネカズラ本編自体はモブレされる1も含めて全年齢で行けるように書いたので本編からのリンクはつないでいませんが、こっちには一応前後を置いておきます。