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空と深海のインタールード -3

ユーエは随分と嬉しそうに、ご飯の間、彼女の同僚……元同僚との話をした。思い描いていることは全部語ってくれたし、ラインリントがそれに全部協力してくれた、と。次の本の世界では癒し手として、そして彼に敵に立ち向かう力を少しでも与える存在として、頑張るんだ、ユーエはそう言った。そのために、メリーが見抜いた魔導具を準備してもらったら日が暮れてしまったそうだ。

「……ただの紐と布にしか見えないんだけどなあ。さすがにそのなんか石みたいなやつはなんかありそうに見えるけど」

桜色の布と、それから青い紐が二本、片方はブレスレットか。それから青と紺がゆるゆると混ざり合った、不思議な色の石。アルムもユーエも、それからリーリオも、そこに込められた仕掛けには気づいていないようだった。

「いや、すごい凝った細工がされてる。これ全部身につけてないと、働かないようになってるってのが一番すごいな」
「へ、へえ……」

ひと目見て、その仕掛けに気づいたメリーは素直に感心した。使い手を食いかねない道具だが、ここまで厳重に同期する加工がされているものは初めて見た。
作り手、それかこれを送った人は、彼女のことをどれだけ考えているか、というのがよく分かる。

「一式どうやってつけるか、考えといたほうがいいと思う」
「あっこれなんかブローチっつーか後ろで止められるようになってんのか、へー」

そうメリーが伝えるが早いか、アルムがどうするか考え始めたようだ。あとはきっと姉妹の時間になる。そう思ったリーリオは、弟と妹をちょいちょいと手招きして、

「アルム。片付けは僕らでやるから、二人で考えてたらいいんじゃないか」
「おっありがとー、気が利くじゃん」

姉妹がユーエの部屋に向かってすぐ、中からわあわあ言う声が聞こえてくる。元気なことだ。
リーリオが一息ついて、それからすぐフレサが食器をまとめ始めた。五人分の皿があろうが、手は三人分ある。すぐだ。そう思ってリーリオもフレサを手伝おうと手を伸ばしたところで、弟が余計なことを言い始めた。

「――んでさ、兄ちゃんは最近どうなの?」
「はい?」
「アルムさんと」

手に持っているのが人の家の皿でなければ殴りかかっていた気がする。

「……、……お前はそれを聞いてどうしたいんだシプレス」
「いや、純粋に、そういやそうだったなあと思って、兄ちゃんちょっと顔怖い怒ってるのめっちゃわかったからごめんマジでごめんて」
「シー兄ちゃん、リー兄こないだ振られたばっかだから」

フレサのフォローは全くフォローにならず、むしろリーリオに追撃を与えた。ここに来る道中のことだ。こないだとかいうレベルじゃない、ついさっきと言っても過言ではない。エイプリルフールとかいう嘘をついても問題ないとされる日に便乗して、――つまりは、しっかり自分の逃げ道を確保した上で、二人きりの時間をほんの少し作って告白した結果見事に振られた、というかアルムに全くその気がなくてそっとなかったことにした、というのが顛末だ。さらに言うとこれが初めてではない。
大学の時からずっと彼女に憧れ続けて、気づいたらそれは恋慕にすり替わっていた。自分にないものを持っている彼女が眩しくて、一緒にいれば楽しくて、追いかけたつもりは全くなかったが、職場も一緒になったときはだいぶ嬉しかった、のだけど。

「……あれは、今は仕事が恋人みたいなものだから……」
「ああ……」

何れどうにかなるだろうと信じてはいる。自分が明確に諦められるような答えが飛んでくるか、それか、喜べる答えが返ってくるかするまで、諦めるつもりはない。馬鹿だなとはよく言われたし、自分がいちばんわかっている。

「……うん、まあ、頑張って兄ちゃん」
「リー兄ちゃん!応援してる!」
「あ、ああ、うん、どうも」

年の離れた弟と妹にこうやって励まされるのは、とても複雑な気分だった。いろいろな意味で、後に引けなくなる。
ひとつ息を吐きだして皿を片付けるのに意識を戻せば、何事もなかったかのように弟と妹も手を動かし始めた。


こうやって、こうして、ほら可愛い、そう言って姉が差し出してくる手鏡を見れば、ユーエの長い髪はひとつに結い上げられていた。髪ゴムで結わえた上から、青い飾り紐を結んでやればひとまずの出来上がり。
頭を動かすたびにゆらゆらと量の多い髪の毛が揺れて、ろくに結んだことなどないのでなんだかバランスが取りにくい、気がする。

「どう?」
「……う、うん」

よく分かんない、と言ったような顔の妹の耳元で、姉はそっと囁く。――アルさんだって可愛いって言う、絶対言うから。それだけでユーエの顔がぱあっと輝くのだから、本当に単純だなと思う。
ろくに今までおしゃれしてこなかったのだから、いつもと違う格好ひとつさせただけできっと可愛いって言わせられるんだ、そんな自信がアルムにはあった。次に考えるのはこの布の扱いだ。

「じゃあ頭はこれでいいとして、これどうするかな……マントみたいにする?あーでもそれじゃなんか勇者っぽいよなー」
「ううえ……」

結構な大きさの布を首に巻いたり肩にかけたり、試行錯誤を繰り返す。そのうち腰に巻くのに落ち着いて、留め具として綺麗な石を添えて。スカートみたいだ。

「これいいんじゃないかな、お姉ちゃんは好きだ」
「……ん、んん……」

動きにくそう、と思ったけど、癒し手として動くならこれくらいがちょうどいいのかもしれない。
本の中でお世話になったひとたちを思い返せば、割とそんな感じの格好をしているいわゆるヒーラー、というひとは、確かにいた気がする。正直なことを言うと、誰よりも速く動いていたあの薬屋のことが、まっさきに頭に浮かぶのだけど。

「でもそのズボンにそれはないなあ、下変えよう、明日買い物行くよ」
「えっあっうん」

どういう格好をするかは、姉に任せることにした。きっとわかっているから、変な格好をさせられることはないはずだ。
――どこかの誰かさんと違って。



世界が開く。
再構築された世界が、再び彼女を呼ぶ。



本を抱えたユーエが、随分と眠そうな顔をしていた。
ひとつに結い上げた髪と、スカートのように腰に巻かれた桜色の布の下には、厚手の布をまとわせて、気持ちちょっと防御のつもりで。いつもの上着とシャツの下に合わせたのはショートパンツで、足は出したくないのでタイツを。そんな感じで、前よりか随分と女性らしい格好になったなと思う。
うつらうつらしているのはきっと、世界に呼ばれているからだ。

「……ああやって、眠くなるものなの、世界を超えるときって」
「やーどうだろ。少なくとも私はそうだったしユーエもそうだって言ってたから、なんか体質的なあれそれなのかもしれない」

寝るのが怖い、と言った様子にも見えた。必死で抗っている。寄せては引いていく眠気の波と戦ってしまうのは、本当に、あの世界に行けるのか、と考えているからに違いない。
そんなユーエの傍にそっとアルムが寄り添って、頭を撫でて、言うのだ。

「大丈夫よ、勇気ある者は絶対に、あなたのことを迎えに来る」

だから安心して身を任せなさい、世界はきっと導いてくれる。そう言われれば安心した様子で微笑んで、まだ片付けられていないソファの上の、ユーエの意識が手放された。胸に抱えた本は、頑なに手放さない。
ふう、と一息ついたアルムが、不意に視線を向けたのはメリーだった。

「メリー、あなたは世界を超えられるの?」
「あ、ああ、うん。適正がそっちの方だから、変に火出したり凍らせたりとかよりそっちのほうができる」

もとより家が嫌になって、家に縛られたくないがためにいろんな世界を巡り始めたメリーにとって、世界を超えることは実に簡単な事になっていた。できる、と答えれば、アルムがするりと首を傾げて、そして言った。

「じゃあ例えばだけど、私とかリーリオとかが、あの世界に行って帰ってきてみたいなことができるような、……道具?とか、作れたりしない?」
「あ、アルム?」

この人は何を言い出すんだ、と言わんばかりの声をあげたのはリーリオだった。戸惑うのも無理はなくて、アルムは私はもうあの世界には行かないよたぶん、と宣言していたのはつい昨日のことだし、リーリオも当然ながらそんな気はない。だからこそこの申し出は何をしたいのか分からなかった。

「ああ、それこそ、ユーエさんがもらってきたやつみたいな感じでできると思いますけど、またなんで……」
「やっぱ心配だから……もしなんかあったときに行ける方が心強いし、ねっリーリオ」

アルムの手がリーリオの肩を叩いた。嫌な予感しかしない。

「……あ、あの?」
「私より暇でしょ?」

ああ、ああ、そういう!そういうオチだ、知っていた。自分の研究室を持っているアルムよりか、リーリオはまだ暇な時間が取れるといえば取れる、けれど、そういう問題ではない。
何故自分は彼女のパシりのようなことをさせられようとしているんだ。

「……何故それを僕に」
「あんたが一番信頼できる人だからよ」

さらりとそう言い放つアルムに、何も言えなくなる。アルムは、どうして、こうもきらきらと。

「前の私みたいにずっと空けてるわけにも行かないだろうから、メリーがそういうことできるって言うなら、お願いしようと思ったのよ、できないんだったら無理だからそれはそれで素直に諦めるわよ」

ただパシりにして貴方を本の世界に叩き込もうってわけじゃないわ、と、アルムは付け加えた。そんなことだろうとは思っていた。分かっていたけど、さすがにびっくりした、と言えば、少しばかり申し訳無さそうな顔をする。
アルムの気持ちは分からなくもないし、自分もそういう不安を抱えたアルムの助けになれるのなら、と思ってしまう辺りで、ダメなのかもしれない。

「……ああ、で、メリー?」
「うお、うん、だからできる。行って帰って、とかそんなくらいだったら、あそこまで複雑な式組まなくていいし、すぐだよ。向こうの座標取ってからになるから、すぐって言ったけどすぐにはできない、うん」

事も無げに言ったメリーの後ろ、ソファで眠るユーエの姿が、ブレた。

「――行く、のね」

心配していない、は嘘になる。彼女の向かう先が本当に、あの世界なのか。向かった先に、妹を託したあの勇者はいるのか。それが心配でたまらなくて、どうしようもなく不安で、けれど姉としてそれを表に出すわけにはいかないのだ。妹が、不安がるから。
どこか憂いを帯びている凛とした横顔をちらりと見ながらも、リーリオは横に立って並ぶことしかできない。

「……アルム、」
「なに?」

緩やかに霞んでいく妹の姿を眺めることしかできないアルムに、不意にリーリオが呼びかける。視線は互いに外さずに、ユーエを見つめたままで、ぽつりと、零すように、

「僕でよければ、行くよ、どうせ僕ができることなんてたかが知れてるんだろうけど」
「……ありがとう、リーリオ。無理してそう言ってるとかいうなら、殴るわよ」
「勘弁してくれ、そんなんじゃない」

細かいことはまたあとでね、小さく言葉を交わした間に、ユーエの姿が掻き消えた。胸に抱えていた本がソファの上に音を立てて落ち。そのはずみで本が開く。
アルムがそっと本を手に取って、文字が刻まれているページをぱらぱら捲っていく。そのうち現れた真っ白なページに、するすると番号が刻まれていくところだった。

114。

「……これは?」
「よく分かんない。最初の方には1425って書いてあるんだ」

ぱたん、と本を閉じる。
彼女と彼の物語を邪魔する訳にはいかない。

「さ、続きしましょ、できたら今日明日で荷物出し切りたいわ」

頑張りましょう、と声をかけたアルムに、エルキャンベル家の三人が呼応した。




開いた世界に降り立つ。
力が流れ込んでくる。今ならきっと、彼の後ろに立って恥ずかしくない。思い描くは癒しの力を。何か呪文だとか、そういったものの代わりに、エタノールの入った霧吹きを。
後ろに立つことに慣れるまで、どれだけ時間がかかるだろう。隣に立って戦うことは、叶うのだろうか。背中ばかり見ているうちに、遠くに離れて行きやしないだろうか。
本が閉じる直前に手に入れた勇気を、奮い立たせる心を、手に入れるまでは、後ろに立つことも厭わない。とにかく、彼のために、なれるなら、なんだっていい。そのために戦う。そのために、生きる。

「……アル、」

視界に飛び込んでくる青。
もう迷わない。生きる意味は、目の前にある。

20140420
リーリオさんはこうしてパシリとなったのであった。というのはともかくとして、エルキャンベルの三人はもうちょっと掘り下げたいです
アルムとはめちゃくちゃ仲良しだけど先に進めないリーリオさんと、あちこちふらふらしているシプレス(メリー)と、上2人と比べれば実に普通の女の子のフレサ。