一揆参戦6日目

ヘリオドールからは、あからさまに苛立っている様子が見て取れた。小刻みに背の翅を震わせたかと思うと、睨むように一人と一匹を見て、はっきりとした言葉で告げてくる。

「これは自然の摂理だ。ひとの手で生きながらえている紛い物に生きている資格はない」

パライバトルマリンの耳には正論にしか聞こえない。
事実自分はここに存在していることがおかしいいきもので、あの時『先生』が拾ってくれなかったら、とか、あの時一日でも早く死んでいたらとか、ありとあらゆる偶然が重なった結果の今だ。
ただ、死ぬ前に、自分についてもっと知りたかった、それだけが頭をすっと過っていく。
先生の代わりはもうしなくていい。姉妹を見守る必要もなくなった。だから次は自分の番、だと思っていたのに、

「そんなん知ったこっちゃないかな!パラくんはあたしの友達だもん」

目が覚める。

「何かよくわかんないけど、あたしの友達をどうこうしようっていうなら許さないよ」

んふふ、と笑う声はこの状況を楽しんでいるふうにしては冷たい。
手にした時針と分針がゆらりときらめいて、切っ先が真っ直ぐに夜色のいきものに向けられる。

「んふふー、パラくん見ててね、あたしのすごいとこ見せちゃうよ」
「――何故。精霊という高貴な身でありながら。紛い物に手を貸す!!」

ふわりと浮き上がったムトラは、その紫の目で、叫ぶ夜色のいきものをすっと見下ろす。
ぎゃあぎゃあ喚くさまは滑稽で哀れに見えた。何故このいきものは、そこまで紛い物に執着するのだろう。

「しつこいなあもう」

きっとこの子も何かに縛られているんだ。

「言ったじゃん、――あたしの友達だからだって!!」

だが。
言って聞かないなら、分からせるしかない。


――


ぱ、と広がった翅がきらきらと輝いて、それから幾重にも光の槍が降り注ぐ。
それが夜色の生き物の基本攻撃であることを確認できれば実に話は早く、雨のように降り注ぐそれをかわすのは実に容易い。そして向こうも当たらないことは前提においているようで、様子を見ても怯むようなことは全くないのだ。

「分からないな」

ヘリオドールには間違いなくそれ以外の攻撃手段があるはずで、それがあるからこそあれだけ余裕の顔を見せているはずなのだから。そう思うとあまり油断も出来ない。
それでもムトラの顔は楽しげな形のまま崩れない。見ているだけのパライバとしては気が気ではなかった。お互いに手の内を隠し合いながら殴り合いをしているのを眺めるのは心臓に悪い。

「これならどう?」
「んふふ」

ムトラ一点に収束して放たれる無数の光の槍は、時針の一振りでねじ切れた空間に尽く阻まれる。くるり、くるりと回って、二度目に空間をなぞった時針が、何事もなかったかのように空間を元に戻してしまう。
彼女の時空の精霊としての能力も、あれでも、ごく一部なのだから、恐ろしい。

「どうしたのー」

煽るような声と目、ヘリオドールはあっさりと挑発に乗る。
光り輝いたのは翅ではなく触角。

「あの程度でどうにかなるとは最初から思ってない」

羽撃いた翅、風が巻き起こる。

「う、わっ!?」

強風に煽られて体制を崩したムトラに、さらに追い打ちをかけるように夜色の身体がぶつかってくる。
弾き飛ばされた小柄な身体が地面に叩きつけられ、そのままヘリオドールはムトラの上に飛び乗った。普段無に等しい重さをふっと解放して、ムトラの腕をぐりと踏みつけ、優位を取る。
ピンと立った両の耳の間に生成された鋭い光の槍が目の前にあってなお、ムトラの笑みは崩れない。

「……まだ笑えるくらいに余裕がある?君のことは最後まで“わからなかった”」
「やだなあもう。あたしの歴史を十数分で理解できた気にならないで」

撃ち下ろされる、

「わかろうとは思ってない」

光の槍。

「さよなら」

ドンッ、と突き刺さった光の槍は、地面を抉って終わっていた。
ムトラの姿はそこにはない。


「――あ?」

呆然としたようなパライバとそれからヘリオドールの視線が交錯して、お前何をしたんだという目と、ムトラはどこへ行ったのか追い切れてない目がぶつかって、その次すぐにパライバの表情が変わった。夜色のいきものの背後に、青い長髪がゆらめいた。
目が合う。笑いかけてくる。

「んふふー」
「――ッ!?」

時空の精霊はヘリオドールが振り向く間すら与えず、背中を蹴り飛ばして地面に叩きつけ、2本の双剣を振り抜く。歪んだ空間が夜色の生き物を捉え捕まえ、何が起こったのか把握できないままの夜色のいきものを見下ろして、にっと口角を上げた。
彼女の何処にも傷はついていない。

「……テレポートの類?」
「まあそんな感じー、ちょーっと空間に穴開けて逃げただけだけどね」

さも当然のことのごとくそう語って降りてくる時空の精霊は、双剣をふっと消し去ると、改めて夜色の生き物に向き直った。

「あたしは時空の精霊ムトラ。パラくんのおともだち。あなたの名前を聞いてなかった」
「時空の精霊……、……く。なんてものとやりあってたんだ僕は、ああくそ……、……僕は。僕はヘリオドールだ、……ヘリオドール・アスター……」

第一一度名乗っているぞ、聞いてなかったのはそっちじゃないか。そう毒づいてから、抵抗の意志がないことを示すようにヘリオドールの翅が伏せられる。
それをどう受け取ったのかわからないが、ムトラはぱたぱたとヘリオドールの側に寄ると、歪んだ空間を押し戻してから、ヘリオドールの身体に手を伸ばした。そのまま抱き上げる。次に発する言葉は、パライバは大体予想が出来た。

「わあーパラくんと同じでひんやり気持ちいいねー!!」

案の定だった。
何なんだこいつは説明しろ、と言わんばかりの目でヘリオドールがパライバを見ている。諦めよう、と視線で告げれば、目は諦めたように閉じられた。
ひんやり気持ちいいとはいえその手触りはパライバとは異なるようで、曰くビロードのようななめらかなものだとかなんとかで、尻尾の方は毛はさして生えておらずに硬いという。あと意外と節を感じるという話だったがそんなことはどうでもいい。

「……いったい何なんだキミは」
「言ったじゃん、時空の精霊だって!」
「……僕の知ってる精霊はこんな頭悪そうじゃない……」

その気持ちめっちゃわかるわと言わんばかりのパライバの視線たるや、そこには哀れみしかない。
本の中でもずっとこんな調子だった(パライバはことごとく彼女の抱きまくらにされ続けていた)のだから。いわゆるつるぷに系の身体は夏場には最高だったようだ。そういえばあの小さなポニーテールの彼女は元気だろうか。

「……ひどい」
「気持ちはめっちゃわかるけど敗者として素直に受け入れな」
「負けたんじゃない譲歩だ。無駄な力は使いたくないんで」

確かにまだヘリオドールはいくつかカードは持っていそうだったけれど、そんなことよりかどうして自分のことを襲ってきたのかとか、聞かなければならないことはたくさんある。
剥き出しだった敵意は完全に目の前の時空の精霊がどこかにやってくれたので、それはまあとてもとても助かるわけで。

「――でさあヘリオドールさん」
「……何だ紛い物」
「パライバトルマリンですー!!名前くらいちゃんと呼んでいただけませんかくっそ失礼ですよ?処すよ?ぼくじゃなくてムトラが」

ムトラに揉みくちゃにされながらもヘリオドールはツンとした顔を崩さない。腹立つ。

「……。……何だ、パライバトルマリン」
「単刀直入に聞くけどなんでぼくにいきなり喧嘩ふっかけてきたの」
「あたしもそれ気になるなー」

ヘリオドールの目が細まる。
パライバとムトラをしばらく見比べてから、ひとつため息をこぼして、口を開いた。

「簡単な事だよ……、パライバトルマリン。僕はむしろお前に、なぜお前のようなものが存在しているのかを聞きたい。それだと答えになってないって言われるだろうから先に言っておくと、例えるならお前は体内の異物で、僕は白血球だった。確かにお前の存在を感じた時にそう思ったから、それ以上でもそれ以下でもない」
「ファゴサイトーシスのつもりかよ」

なぜ自分が存在しているのか、と問われても、パライバは答えになると思われる情報を持っていない、そう言い切れるくらいには自分のことがわかっていない自信があった。
知るところをすべて語れば、ヘリオドールは導いてくれるのだろうか?

――そもそもまずパライバトルマリンとヘリオドールは同じ種族なのか?

「……ヘリオドール。ぼくは正直なことをいうと自分のことは全然さっぱりわからない。ただ、自分の今までを話すことはできる。それでもよければ、ぼくと先生の話をする」

静かにヘリオドールは頷いた。
それで構わない、と。

「そういえばあたしもパラくんのことほっとんど知らないからちょうどいいなー」
「……だっけ?なんかすっげー知られてる気分でいた」

ゆらりと記憶を辿って思い出す。電気石の出自と先生とそれから良く咲く桜の姉のこと。

第37回更新
物ドール Lv.30/物シルフ Lv.11/物ケットシー Lv.25
CLV 3343
MHP 6137/STR 227/INT 149
MSP 527 /VIT 152/MND 181
PSP 31 /TEC 360/AGI 222