一揆参戦5日目

ざわざわ、ざわざわ、ざわり。
抱いた気持ち悪さは一向に消えず、違和感、異物感、何れにしても確実にそれを絶たないことには、この気持ちは収まらないだろうと思っていた。
ヘリオドールの触角はとにかく力に敏感で、それは魔力であったり得体のしれない力であったり、そういう類のものであれば鋭敏に察知することができた。非力を自称するヘリオドールに取って、力との衝突は何よりも避けたいものであったから、相手が強者だと分かればすぐにでも謙る。そこにプライドも躊躇いも存在しない、ただ何事も無く平和に生きていくためのそれだ。
ただ今回に限っては、その異物が許しがたくて仕方がない。
適当な性格をしている自信もあるのに、とにかくその紛い物だけは無に帰すべきである、そう誰かが告げてきているような気さえする。殺さなければならない。存在を消してやらねばならない。

「(――別にそこまでする必要もないと思うのだけど!)」

思う心とは裏腹に、うまく動かずにイラつく足が地面を蹴るばかりである。

「もっと、もっとだ、探らないと、なんだあの、紛い物は……!!」

妙なことに、その紛い物、位置は確実に把握ができる。それはヘリオドールの特性のようなもので、同じ種族で、同じ世界にいる限り、彼女の探査から逃れることはできない。それほどヘリオドールの触角は鋭敏な器官である。
ただその力が何なのか、全く掴めないのだ。その当人の持つ力が分からない。

「くそ」

ヘリオドールは元々の特性で光を操ることができる。どこかの言葉で太陽を冠する緑柱石だからこそのそれは、攻撃もしかり目の錯覚を誘発するにしかり、ヘリオドールとは切っても切り離せない力だ。
それとは別に、背の翅から風を巻き起こしたりだとか、いろいろできることはあるのだけど、ヘリオドールたちの種族は、基本的に名を冠したものに関連のある力を行使する。そしてその力は、彼女の探査によって確実に突き止められるもののはずなのだ。
今このメルンテーゼでは、エンブリオなるものと契約することで新しい力を行使することが可能になっているけれど、外付けの力は彼女の探査には引っかからない。

「まさかそんな」

可能性としてはいくつか考えられたし、もう少し冷静な頭でいられたのなら、ヘリオドールはある程度思考ができたのかもしれない。しかし、触角から流れ込んでくる明らかな異物の存在は彼女の神経を酷くかき乱した。
持っていないことなどあり得ない力だ。名を冠した力は持っていて当たり前のものだ。むしろ力から名が与えられるくらいには、密接な関係にある。
いてもたってもいられなくなる。翅を広げる。夜色の身体が夜空に溶けていく。

「――殺してやる」

「殺してやるよ」

「お前みたいなできそこない」

「この、緑柱石、ヘリオドールが!!責任をもってな!!」

どうしてここまで執着するのか分からなかった。
ただ、殺さなければならないと思った。強く、つよく。


――


このメルンテーゼとかいうところ、どうやらよく分からない生き物は皆「エンブリオ」なるものに分類されるらしい。
何の胚かな?とかすっとぼけたくなったのはともかくとして、それのおかげで排除されることがないのはとても助かるのだが、ムトラが見た目は実に普通の(髪がやたら長いだけの)少女なものだから、彼女のエンブリオとして認識されていることだけが割とマジで気に食わない。

「パラくんがあたしのエンブリオだって〜」

具体的に言うと、ずっとこんな調子で絡んでくるのが最高に気に食わない。

「うっせえ。だから何だって言うんだ」
「ネクターだっけ?それをパラくんにあげたらあたしがパラくんの飼い主に正式になれるってことだもんねーいいじゃんいいじゃん」
「誰がなるか!!」

幸いにして、新王の独占によりネクターは枯渇しているという。一旅行者の手に渡るようなものではない。一揆、とやらに参加してしまえばいいのかもしれないが、ムトラにはその気なんてないだろう。第一彼女、飽きたら勝手に帰ってしまいそうだ。そうしたら自分はどうすればいいんだ。
ゆでトウモロコシを頬張りながら、あちらこちらの店に目をやっている彼女を見ると、今回だってまた、あたし帰るね〜なんて言っていなくなられていそうだ。

「はあ」
「どしたのパラくん」

トウモロコシ食べる?と差し出されたのを少しかじって飲み込んだところで、頭の触角がピンと立った。

「……パラくん?」

芯だけになったトウモロコシをゴミ箱に放り投げた彼女の手を引く。一直線に街の外へ飛んで行く。そうしなければならない気がした。
触角が感じたのは確かすぎる殺意だ。それは街真ん中で炸裂させてはならないもので間違いなく、全速力で街を抜け出る。何もない平原へ飛び出す、そこでようやく口を開く。

「なんか来る。それはたぶん、」

空を見上げる。見上げた夜空には『まだ』なにもない。
何もなかった夜空に一筋流れ星が走って、

「ぼく狙いだ!」

次の瞬間ムトラの手を離して、勢い良く空中に飛び出していったパライバの白い身体が、強烈な閃光に阻まれて見えなくなる。眩しさに手で顔を覆いながらも、ムトラは叫ぶ。

「パラくん!!」

閃光の向こう側にもうひとつ気配がある。
光に焼かれた目を見開いてその先を見つめれば、それはまるで今さっき飛び出していった白い生き物と同じような――

「……?」

夜色の身体が身を起こした。ピンと立った耳と流れ星のような触角と、流線型の身体にすらりと伸びた尻尾。パライバと決定的に違うところは、目の前のいきものにはしっかりとした2本の脚がある。
広げた翅で宙に浮き、こちらを見下してきているいきものがいた。

「外したか」

発した声は比較的女の子供に近い。パライバはそもそも借り物の声で喋るから、彼と同じようなものだとしたら、あれも同じように誰かの声を借りているのだろうか?

「てめえ何だよいきなりよ、ご挨拶にしちゃ少々乱暴が過ぎる」

睨みつけるパライバを気にも留めずに、その夜色のいきものは、離れたところにいたムトラに目を留める。なんとも言えないような表情をして、それからパライバの方を見る目は、実に冷えていた。
それこそ本当にゴミを見ているかのような。

「何故お前のような紛い物の出来損ないが、精霊と一緒にいるんだ」
「……よくあたしのことが精霊だってわかったね」

パライバが口を開くより早く、時空の精霊が口を開いた。
紫の目に灯る色はさも楽しげであり、口元も笑みの形でこそあったが、彼女の纏う空気は真剣そのものであった。

「――貴方には問いかけていない。しばらく静かにしていただけないか」
「パラくんに何にもしないならおとなしくしててあげるー」

不覚にも彼女のお陰で一時の安寧が確保されてしまった。絶対後でうるさい。
夜色のいきものはようやく地に降り立つと、その背の翅を閉じてパライバたちに向き直る。パライバに向ける視線は相変わらず鋭く冷たいままだった。

「まず問う。お前は何だ」
「てめえから名乗れよ、先に手を出してきたのはどっちだ」

空気は険悪。白と夜色の間に確かに火花が散って、一触即発の気配。

「……ヘリオドール。ヘリオドール・アスター」
「割と素直なんだな。そこに時空の精霊様がいるからか?……ぼくはパライバ。パライバトルマリンだ」

こういう時でもパライバの口は実によく回り、ヘリオドールの顔があからさまに引き攣った。時空の精霊様は時空の精霊様で、今のところは手を出すつもりはないようで、後ろから静かに彼らを眺めているだけだ。
パライバ的にはできることならこういうよくわかんないことにムトラは巻き込みたくなくて、可能なら早急に、彼女にはどっか行って欲しかった。そうしたらきっとこのヘリオドールとか言う奴が、自分を攻撃してくる。それは目に見えて明らかだった。
自分に死があるかは知らないし、きっと大丈夫な気がしているから、そのほうがいいのではないかとは、思う。

「……電気石……、……なら何故、そうだと分からない」
「何の話してんだお前、……だいいち」

盛んに揺れているヘリオドールの触角と、見た感じで自分と構造が似ている身体つきを見て、ひとつの可能性がパライバの頭にはあった。
それを確かめようとして聞いたところで、このヘリオドールとか言うやつから、まともな回答は得られるのか?

「さっきぼくのこと紛い物の出来損ないとか言いやがったな、すっげえ気分悪いんだけど」

否定はできない言葉だった。
出来損ないであるのは事実だ。どこかの遺伝子に変異があって、それゆえ正常な形態ではないことと、それ故に通常の実験では使い物にならず、発生をほとんど終えた段階でのキメラ作製の実験台になったのがパライバトルマリンだ。皮肉なことに、その実験台になったがために、今こうしてここに生きていられるのだけれど。
それをどうして目の前の初対面の相手が知っているのか、出来損ないであることを知られているのが何より気に食わなかった。

「僕の触角をなめるなよ、――お前のその触角は飾りか?」
「飾りじゃねーよくそったれ。どうせ出来損ないなのは否定しないけど何で知ってんのかが腹立つんだよ」
「そう。じゃあやはり」

ぱ、とヘリオドールの背の翅が広がる。浮き上がるその姿と、それから触角が光り輝く。


「お前は今すぐに死ぬべきだ」


言葉を飲み込めない。
突然の死刑宣告は、パライバトルマリンの一切の行動を封じるのに十分すぎた。

「――え?」

ただ間抜けな声を零して、相手を見つめていることしかできない。

「元よりお前のような出来損ないが生き残っているのが、何よりおかしいんだから」

光の槍が降る。
パライバ目掛けて放たれた閃光は、――パライバの目の前で、空間に飲み込まれて消えた。

「……ッ!!」

青色の長い髪が揺れる。
空間をこじ開けて、光の槍をどこかにやってしまった時空の精霊は、こじ開けた空間をご丁寧に押し戻して閉じつつ、その手の先に時計の針のような双剣を召喚する。
そして不敵に笑ってみせるのだ、

「――あたしがおとなしくしてる時間は、ついさっき終わったよん」

第36回更新
物ドール Lv.26/物シルフ Lv.10/物ケットシー Lv.21
CLV 2890
MHP 5316/STR 182/INT 123
MSP 458 /VIT 126/MND 146
PSP 26 /TEC 294/AGI 181