一揆参戦4日目

ようやくこの世界に慣れてきたように思う。
変な生き物がたくさんいる世界。ひともいるし機械もいるしよくわかんないのもいる。もちろん自分がよくわからないのに分類されることはようくよーく分かっている。

「世界、ねえ」

世界といえば。
ヘリオドールが元いた世界は、少しどころかだいぶ変わった世界であった。もとは二つの世界だった、と伝え聞くそれは、ある時全く異なる二つの世界がぶつかり合ってひとつになり、今も静かに文明や技術が混ざり合う変化の世界だ。
科学の世界と自然の世界、それがあるときひとつになって、あるところでは科学技術が極端に発達して自然を駆逐し、あるところでは自然に寄り添い暮らしている人々がいる、そんな世界なのだ。
今はそれぞれの世界がひとつの国として名乗っているけれど、元をたどっていけばあまりに文明の違いすぎるその二つの国は、それぞれがひとつの世界だったという。
スズヒコの出身の国が自然の世界だった国、リラの出身の国が、科学の世界だった国だ。故にスズヒコはその科学の世界に学びの場を求めてやってきたし、リラはその科学の世界の空気が合わなくて苦しんでいた。
ふたつの国……いや世界の境目とされるところは見事なまでの荒野で、そして突然地質成分が変わる境界が、その荒野で発見されている。故にこの世界はもともとは二つだったのだろう、ということを提唱する世界学者は多い。
片方の国ではとことん技術が発展していって移動手段にも事欠かないというのに、もう片方では移動手段ひとつとっても悪戦苦闘する。一方で自然豊かな国で生物多様性には事欠かず、幻獣、精霊、ドラゴンに至るまで、探しに行けばどんな生物だろうと見つけられることができると言われているのにもかかわらず、もう片方では野生動物の姿は街真ん中ではほとんど見かけることが出来ないのだから、奇妙な世界だ。
ふたつがうまく組み合わさっていけばとてもすばらしいところになるのだろうけど、あいにく相反する属性であり、どうにかなるとは到底思えない。緩やかな技術流入こそあれど、生き物たちは自分の住処を頑なに移動しないのだから。――ごく一部の物好きがいずれ、生息範囲を広げることは十分に予想できるが、それはまだずっとずっと先のことだろう。

「そもそもあの世界は」

世界樹の葉の一枚にしか過ぎない。それが偶然重なりあっただけの結果だ。
同じ世界樹の葉同士なら、それくらいのことは容易に行うことができるのだろう。誰がそうしようと思ってそうしたのかは知らないけれど。

「――僕の知ったことではないか」

翅が開かれて閉じた。ゆらゆらと触角が揺れた。

「カミサマのきまぐれってことだよ、きっとね」

かりかりと後ろ脚で頭を掻いて、翅を開けばふわりとその身体が浮き上がる。
あの世界に思うことはたくさんある。言ってしまえば自分たちのようなもの存在が、あの世界で一番不思議なことだ。いや、あの世界樹で。
種族自体の固有名詞は知らないが、自分たちのようなものは同じ根の世界樹の葉に散在していると聞くから、いろいろな世界樹の葉を旅してきて、まれに出会うこともあった。
ここはそもそも世界樹の葉の一枚ではない。故に新鮮なのかもしれない。何もかもが。今のところ出会った人(と、それ以外)については、全くもって退屈していない。面白いところだ。もっと早くから知れていたらよかったのかも知れないけれど、いまさらそんなことを言っても仕方がない。
遅く来たものはそれらしく慎ましやかに、過ごしていくだけだ。
ヘリオドール自身の世界も狭かったのかもしれない。リラと出会ってから、ずっとそうだったような気さえしてきた。アスター家の中くらいしか、鮮明に思い出せる記憶はない。

――リラと出会う前何をしていたのだろう、思い出せない。

「……」

気に食わないな、と思った。
あとでちゃんと今までの記録を整理しておかないと。




  さあ、嫌だったことは何もかもなくなったよ、もう何にもとらわれないで生きていける  
  緑柱石【ヘリオドール】と名乗りなさい、何もかも思い出さなくて済むんだから  





――





本を閉じてそれから無意識の果て、撒いた種がしっかりと深層に根付いていた頃。
彼はそうっとこの地に降り立つ。精霊を一人連れ立って。

「メルンテーゼ、なあ」

穏やかそうな世界に漂う、ぴりぴりとした戦いの気配。最近巡ってきたどこよりも面白そうな気配を察した緑色の触角が揺れて、自然と口角が釣り上がる。
穏やかな形質であるとはいえ、根っこはどうあがいても覆せない。

「んっふふー、面白そうだねパラくん!なんだかちょっとぴりぴりしてる感じとかー」
「ムトラもやっぱりそう思う?」
「でもいざとなったらパラくんが守ってくれるもんねー大丈夫だよねー」
「しばくぞ」

青い髪をなびかせる連れの精霊と一緒にメルンテーゼに降り立つのは、よくわからないいきものだった。
ヘビのようなトカゲのような白い身体に毒々しい色の触手を生やしたそれは、どこを見ているのかわからない瞳でゆらゆらと世界を捉える。靡くたてがみの色は、連れの精霊と同じ色だ。

「えーっパラくんひどい……」
「自分で戦えるだろ」

そう、本の世界から数年の後、パライバトルマリンは咲良乃家から解放された。
解放された、と言っても、勝手に彼が自分で縛り付けていたのであって、ようやくそのくだらない縛りを解くことが出来たのだ。もう「先生」の代わりはしなくて良くなった。小さい頃一緒にふざけ合った姉も、ずっと心配で見守ってきた妹も、二人とも結婚して、それぞれの家庭を持った。妹のほうがものすごいごたごたがあって大変だったのは置いておいても、ようやく先生も報われただろう。先生の名前をようやく知ったけれど、先生呼びの癖は抜けない。
咲良乃家に別れを告げて(――とは言ったものの、その気になればパライバひとりでだって姉妹に会いに行くことは容易になったし、なにより目の前にいるのは時空の精霊である)、パライバはそれこそ本当に適当に旅を始めた。面白そうなところへふらりふらり、ついでに見つかればいいのは自分のルーツ。何者とも分からない自分を受け入れてくれた一家への最後の恩返しの気分で、というと聞こえはいい。本当に実に適当に、ふらふらと世界を彷徨い歩いていたら、本の中で唐突に姿を見なくなった時空の精霊が目の前に現れたのだ。

『パラくん自分探しの旅するって言ってたじゃん、だから来ちゃった』

精霊の考えてることはわからなさすぎると思った。
こうして、よくわからないいきものパライバトルマリンと、時空の精霊ムトラの、二人……いや、一人と一匹の旅が始まったのだ。ムトラと一緒に旅するようになってからというものの、基本的に彼女に振り回されっぱなしで(唐突にいなくなってめちゃくちゃ心配してたら勝手に帰ってたりとかそういうのばっかりだった)、寂しくはなくなったけれど、けれど――

「ムトラてめえいい加減にしろよ!!」

こう怒鳴ることがめちゃくちゃ増えた。

「えー別にいいじゃんー……欲しいの?欲しいんだったらあげるよ、はいあーん」
「わあいやった、ってそうじゃない、そういう問題じゃない」

露天で買ったフランクフルトを頬張りながら、ムトラは今日も面白そうに笑っている。
正直なことを言うと悪くはない。ただ確実に鬱陶しい(時がある)。そういう時どうしてもすぐ態度に出るから、いなくなられたっきり戻ってこないんじゃないか、結局一緒に旅しようよなんて詭弁だったんじゃないのか、と思ったことは何度もある。本の中からは突然いなくなりはしたけど、きっと自分の前からいなくなるときは、何かしら言ってからいなくなってくれるものだろうと勝手に思い込んでいる、――それはつまり彼女に、それなりの信頼を置いているということなのだけど……
大切だとか大切じゃないとかそういうのはよく分からない。分からないなりにでも、そう思うことくらいは許されてもいい。ここまでついてきてくれるともだちなんてそうそういないだろうし、それが彼女の長い長い精霊生の、ごく一瞬の暇つぶしだったとしても。

「パラくんはいろいろ気にし過ぎなんだよ、なんとかなるって」
「……まあ、うん、割とムトラがなんとかしてくれてるのは、認める」
「でっしょー!あたしがいなくてろくに旅なんか出来てなかったんじゃないのー?」
「そんなことねえよぶっ殺すぞマジで」

呼吸するように口から暴言が溢れようが、ゆらゆらと宙に揺蕩うその精霊には、欠片も傷を付けない。傷をつけるつもりで言ってるつもりは全くないし、それは向こうもきっと分かっているんだろう、と思うことにする。するったらする。

「ひっどいなあー…んふふ。でも知ってるよ、パラくん素直じゃないだけだもんねー」
「殺す!!」

青色が二つ揺れている。




――




夜色の身体に揺れる。一筋の流れ星のような黄色い触角がピンと立つ。
同じものの気配がする。この世界にいないはずのものがいる。どこからか入ってきたのだろう、それは分かった。

「(なんだ、この、紛い物の気配は)」

顔を顰めざるを得ない気持ち悪さ。何かを混ぜこぜにされたような、取って付けられたような、人工物の気持ち悪さ。

「――気持ち悪い」

第35回更新
物ドール Lv.26/物シルフ Lv.10/物ケットシー Lv.12
CLV 2856
MHP 4785/STR 155/INT 110
MSP 405 /VIT 113/MND 119
PSP 22 /TEC 239/AGI 154