一揆参戦37日目

「お、っと……」

笑みが溢れる。悪くない。元より勝つつもりは無かったし勝てるとも思っていなかったが、想像以上に「馴染んでいる」というのが得られた感想だった。あの本の中なら腕力敏捷器用と言ったところか、殴られれば死ぬのは(遥かに遅れてきた身だから仕方ないとしても)なかなかにスリリングで面白い。まさか最後に一人残るはめになるとは。4人がかりでシールドを割られる体験も早々出来なかろう。
奥底で燻る炎は、戦いを求めるように揺れている。相手にして不足はなかった。殴られて死ぬのなら避ければいいし、殴って死なないのなら死ぬまで殴ればいい、――
はて、いつからこんなことを考えるようになったか……

「俺もだいぶ焼かれたねえ」

その炎は。
今どこにあるのだろう。

 『それは糸だった か細い糸が全てを雁字搦めにして抑えていた』 


黒騎士。
魔法使い。
ひとまずの終着点に一息ついて、ヘリオドールは空を見やった。騒がしい声は街の方からで、やはり彼女だったかとかなんとか聞こえるのだけど、ヘリオドールには彼女が誰かとか言うのはさっぱり分からない。
このあとどこに行こうか、何をしようか、森にでも行こうか、ゆらゆら揺れる考えは一向に纏まらない。ひとまずの目標を達成してしまって、やることが、なくなってしまったからだ。

「……」

あとは本をどっかに放ってくることくらいだが、それは別に急ぎの用事ではない。何よりもう一冊がどっかに行ってしまったし、探しながらのんびり……と、考えていた。
行く、と約束した森の奥の村にでも行こうか?何処にあるのかはあのスライムを捕まえて聞けばいいだけだし、それが一番いいだろう。そう思って、陸月に行くところの当てがないなら一緒に森に行かないか、と声をかけようというのまでは決めた。壁を連れている馬鹿は最後まで馬鹿が覆らなかったが(――陸月自身は挽回したつもりかもしれないが、今更逆立ちしたところでというのがあった)、それでも世話になったのは確かだから、何かお礼がしたかったのだ。
陸月からもらった自分の名前と同じ鉱石があったはずだ。それをちょっと加工して何かにしてやろう、貰ったものを押し付け返すというのも妙な話だがあの馬鹿はそもそもあげたものなど覚えていまい。そう思いながら荷物を漁った。素材の方のヘリオドールが見つからない。

「……何でだ?」

当然ながら使った覚えはないし(陸月から受け取った時もあんまりへりりんにも俺らにも向いてねーけどな!ということだった)、捨てた覚えは当然ない。捨てるわけがない。ならこれはどういうことだ?
荷物を改めて見てみれば(――このへんの管理もヘリオドールは実に適当だった)、新しく爪を用意して貰う前に使っていたそれとか、ミサンガとか、ないものがぽつぽつあった。
逆に覚えのない材料もある。まず目についたのは、きらきら輝く結晶だった。

「……なんだこれ」

確かな力を感じるそれは、握りこむと四色の光が散った。
翅の一振りに新たに力が込められたような、ただそれは長続きするようなものではないか。次、魔法使いを殴りに行く時くらいは使えるか。そう思えば悪くはないが、どこで拾ったのだろう。全く覚えがなかった。

「まあいいか、……どうするか考えないと……」

光を散らしながら飛んで行く姿と入れ違うように、そこに現れる姿がある。

 『焼かれた「糸」はもう戻らぬ、縋っていたものは戻らないのだ。衝動を止めるものはもうなにもない』 


足音に鈴の音は付随しない。そこに現れたのはコルヌだった。

「……」

躊躇いなくヘリオドールの荷物に首を突っ込んで中を漁れば、先ほどヘリオドールが握りこんだ結晶が出てくる。――四霊結晶。先の黒騎士戦で共に戦った人に作ってもらったそれは、この荷物の中でどうにか工面することができたものだ。同名の素材とはまた洒落たものを、と思った。壁を連れた馬鹿(とヘリオドールが呼んでいた)の荷物からくすねたものと合わせて、合成してもらって出来上がり。
必要ないとは思うが、念には念を入れて準備した。軽く歯を立てる。光が散った。

「よし、……」

それからこれも、もらったものだけど、使えるかはわからない。使えればいいのだけど、――
気配。顔を上げて見た先、何度か顔を突き合わせた人……いや、壁がいる。

「あ、あのぅ」
「……」

恐る恐る声をかけてくる理由はなんだろうか。目を向ける壁はどこか申し訳無さそうに見える。以前のことの謝罪ならいらない。そうだとしたら即座に踵を返してどこかへ行ってしまおう、そう思っていた。

「……コルヌさんは、……自分が何者なのか、っていうのは、分かっていますか?」

吐かれた言葉は謝罪ではなかった。
面食らう。思わず身構えてしまってから、壁を見た。おろおろしていた。

「と、突然変なこと聞いてすいません、……けどその、私と、コルヌさんは、似てるなと思ったのです」

エンブリオという【カテゴリ】に属さなければならなかったもの。
その枠組みに収まってこの世界で生きていかなければならなかったもの。

「……っていうのは、私が単に、コルヌさんとちょっとお話してみたいな、って思った、理由付けみたいなものなんですけどねぃ」

似たもの同士、すこしお話しませんか?と、笑っているような気がした壁を見て、コルヌは溜め息を零す他なかった。
予定外にも程がある。けれども、それくらいはいいか、とも思った。

「す、すいません、ほんとに」
「……俺は確固たる自我と目的を持ってここにいるよ、ナズナちゃん」

はっきりとした男の声だった。
竜を狩った山で聞いたのと、同じ声だった。

「ほぇ……じゃあ、」
「何者か、という問いについては、答える気はないけれども。君が聡ければ分かるだろう、……これは或る男の話だ。――全てを捨てて、大切なもののために生きてきた男の話だ、大切なもののために全てを……」

――リン。

鈴が鳴る。
それは歩みを知らせる音。

「折角だし伝言を頼もうか。江田陸月にひとつ、――覚悟しておけよ、とね。【鈴のなる夢】から」
「……陸月さん、に、……待ってください!!どういうことですか、」

――リン。

返事はなかった。もしくは、鈴の音が返事だったのかもしれない。どこかへ駆けて行ってしまったコルヌを、ナズナの足ではとても追えなかった。
ただ、疑問は、確信に変わる。

「……」

伝言は伝えなければならない。

 『血の海を作った原因が自分であることも、真っ赤に染まった手と口も、できることならば見たくはなかった』 


魔法使いとの戦いを終えたヘリオドールに、迫る気配がある。
さすがに戦いを終えて疲れた後であっても、それに気づかないほどではない。ぴ、と立てた耳は、聞き覚えのある足音のみを捉えた。
鈴の音が付随しているのが普通だったそれ。

「……何だ?どうした、コルヌ」

疲れているから後にしろ、そうあしらおうとして、動きを止めざるを得なかった。
それは殺気。そうとまでは行かなくとも、ひどく好戦的な要素。

「そんなに戦いたいか?何故今更になってそんなに求めるんだ、もう一揆は終わる、終わった……だから僕は、次は森に、――!!」

言葉は続かない。
代わりに風の音が耳に届いて、しかしとっさに放った光弾は何にも当たることはなかった。
舌打ちひとつを重ねて、とりあえずこの場を誤魔化すのに、【フェンリル】の力を行使しようとして、手が止まった。

力に手が届く感覚がない。
すっぽりと抜け落ちてしまったような、

「……ッ!?」
「ああ、悪いね。ヘリオドール、君は俺にエンブリオの力を集約したね。俺がしばらく取り回す技に不自由しないのはいいことだし、そして俺はあんたと厳密に契約をしたわけではない……技は使わせないさ、その権限は俺の下にある」
「……何だ、おまえ、誰だお前は」

夜色が見つめる先にあるのは、確かにコルヌである。『外見は』どう見ても、コルヌであった。
ただその中身は、最初からそうだったのか、それとも途中からすり替わっていたのか、全く以って知るところではない。仮にそれが分かったとしても、何ができるのか、と問われれば、なにもできやしない。
こうなるのなら、コルヌも他と同様に、外殻を無くしてしまえばよかったのか。それともそうした段階でもう既に手遅れだったのか。妙な情を抱いてしまったのが失敗だったのか。初めからそうしておけばよかったものを、と嘆いたところでもう遅い。
ただ、もうこの世界から去ろうか去るまいか、というところでこうなったのなら、もはや捨て置いて逃げればいいだけの話だ。無闇に戦う理由はないし、エンブリオの力が使えない以上、勝てる道筋も見えない。ろくに挨拶ができないのだけが心残りであるといえばそうだが、知ったことではない!

「知りたいか?あえて言うなら、『久しぶりだな』かな」
「角持つ獣の中身に入り込むような知り合いを持った覚えはないが」
「そりゃあ、まあ、お前の知るところの俺とは、まるっと変わってしまったから」

覚えがあるような言い回しと声と、されど答えには辿りつけない。
そうして睨み合いを続ける間に、不意に青い光が散った。
コルヌの、祝福の角の姿は、もうどこにもない。そこにいるのは一人の男だ。どこかで、既視感の、あるような、――こいつは、

「独裁をされていた覚えも、心を共にした仲間もいないが、目的を達成せんとするのは同じだ」

向ける刃が鋭く光る。
見覚えのある空色と緑色、

「これが俺の一揆だ、ヘリオドール・アスター!!」

突風。閃光。剣閃――

 「さあ、始めようか」 


第68回更新
物ドール Lv.30/物シルフ Lv.25/物ブラックドラゴン Lv.25/物コルヌ Lv.107/物プルソン Lv.10/物フラウ Lv.25/物ヘカトンケイルLv.25/物オロチLv.10/物フェンリルLv.25/物アルミラージュLv.18
CLV 10269
MHP 29249/STR 3087/INT 304
MSP 2264 /VIT 729 /MND 400
PSP 241 /TEC 3434/AGI 3167