なんとなく、良からぬ予感がしたのだ。
具体的に言うと、ラズライトが盛大に笑い飛ばすようなそんなことだ。それでいて(ラズライトいわく)グランフラージュは面白い目で観るだろうことで、自分らには少々どころかだいぶ面倒なことが降ってきそうな予感のするそれだ。
瑠璃の墓場は今頃きっと笑っている。確かに以前会った時に、必要最低限のことは聞き出したし、それで恐らくあとあと面倒になるだろう予測はできていた。だが、その想定は恐らく平然と超えてくる。そこまでも、予測はできていた。だがそれで回避ができたか、と問われれば、実に微妙なところだった。今となってはもう遅いのだ。グランフラージュが笑っているだけだ。
奴は確かに物語なのではなかったのだから。むしろ奴は――
『 物語の世界は、奇跡を信じて良い世界 』
駆ける獣の足音に付随するのは、巨体が風を切る音だった。世界の色を強めているだろう瑠璃の墓場を探すのには、エオクローナ同士の探知能力は欠片も役に立たない。
「もーめんどくさーい」
「今面倒なのと後でクソ面倒なのだったら、どっちがいい」
「そりゃー今かなー」
こういう時には完全に役に立たない(と自称すらする)レイトリーデは心底面倒臭そうだったし(――かと言ってノカから離れているのもそれはそれで面倒なことがあった)、ノカもノカで内心はとかく面倒に思っていた。ただここで仮に放棄を選択したとして、待っているのはさらに面倒なことである。
瑠璃の墓場はそういう奴だからだ。
「っていうかそんな急ぐ必要もなくなーい?ねえノカさあ」
「――一揆は終わった。新王は討ち倒され、その裏にいた者もまた倒されたと聞く。一揆は終わる……終われば即ち、緑柱石は本を持ってメルンテーゼを出るだろう」
「ああ、じゃあ、瑠璃もどっか行っちゃうか……ってうわーそりゃめんどくせえ。今探して正解だ」
レイトリーデの触角が立つ。ふと耳を欹てて足を止めるノカもまた、同じ方向を見ていた。
「……あー、なーんだ緑柱石かあ、あいついつの間にかなんか変なのばっかの御一行様と一緒に行くのやめたよね」
「それは今どうでもいいことだ、緑柱石にも聞きたいことはある」
エオクローナ同士であれば、そこに距離は関係なくなる。ただ側に行くことを思い描きながら一跳びすれば、それで十分事足りるのだ。
座標をなんとなく合わせて一跳び、ひときわ強く吹いた風の向こうに、夜色が見えた。
もう二度と視界に入るな、と何日も前に言い放ったことは覚えている。目に入った彼らを見て露骨に顔を顰めたヘリオドールだったが、それもそのうちどうでもよくなった。
何故だか知らないけれども、ノカは何かに必死になっているように見えたからだ。何にこの観測者は焦っているのだろう。
「何だよ」
「何でも。単にちょうどいいところにいただけだ」
聞きたいことがある、そう言ってくる声は嫌に真剣だった。
思わず姿勢を正すレベルに。
「……何?」
「瑠璃の墓場から渡された本は何処にある?」
「……ああ、そんなものもあったね……」
誰だ他のエオクローナにはわからないとかなんとか言ってたやつ。駄々漏れじゃねえか。
はったりなのかそれともわざとなのかを判別する手段は今のところないし、何より肝心の本は――
「2冊貰ったうちの1冊がどうしても見当たらない。タイトルが読めない方はライジュウに遊ばれていたようでアルミラージュにしたときに出てきたが。まさかと思ってコルヌの外身を一度剥いでみたけど出てこなかったので、僕の知るところから外れていると言いたいのだけど」
知るところを告げるしかない。
可能性は潰している、自分は何も悪くない、そんな物言いをするヘリオドールを見つつ、ノカは渋い顔で唸った。
「読めるほうが【鈴のなる夢】だったか」
「そうだ。タイトルが読めないのは封をされている方だ。大方危ないのは態々封をする方なのだろう?」
「まあ、封をするくらいだからそうなのだろうとは思うけど……俺とて瑠璃から直接話を聞いたわけではないから詳しいことは」
どこかに消えてしまったのは【鈴のなる夢】。
ヘリオドール曰く、中身は小綺麗にまとまった絵本だったそうだ。ふんわりやわらかな色使いのそれは、可読ではない範囲もあったが、それを抜きにしても、単なる絵本でしかない。そういう判断を下したという。
一緒に渡された方を見ておくか?とヘリオドールが取り出したもう一冊は、見るからに怪しい外見を備えていた。薄いくせして随分と入念に封をされているそれからは、シナモンと黴の混ざったような臭いが仄かにした。
「こちらの中身は」
「まさか。封をされているものを開く勇気は僕にはない」
中からなにか出てきたらどうするんだ、そういう意見はごもっともだった。
目を凝らしてもやはりタイトルは読めそうにない。
「一つ問うておくが、【鈴のなる夢】は、お前が無くしたとかそういうわけではあるまいな」
「僕の荷物の中に二冊セットで入れていたしその後誰かに見せびらかすこともなくしまっていたら気づいたらなくなっていたんだ。どうやってなくせと」
「それは無くしたと言えるんだが。……同行のものに盗られた可能性は?」
「以前同行していた奴らにはなくなったときに話をしたし、壁を連れてる馬鹿には話をしたこともない。逆に問うがあんな本、誰が盗っていこうと考える?どんな物好きだよ」
それもそうか、と息を吐く。
無くしたにするにしては不自然な消滅、されどエンブリオによる可能性は一応は滅されている。少なからず目の前の夜色は、今のところ口からでまかせは吐かない。
「話は終わりか。僕の視界に可能な限り入るなと以前言ったはずだが」
「可能な限りだろう?これで最後だ、もうひとつ」
「何だよ」
緑柱石の目はどこまでも冷たかった。
以前会った時に比べて随分と強くなったように見えるのは、日数の経過のせいか。
「瑠璃の墓場を最近見たりしていないか」
「いいえ。よく分からないけれど、あれは僕らの感知の網を潜り抜けられるんだろう?」
「だから聞いてるんだよ。悪かったな、視界に入ってしまって」
踵を返せば氷長石が付き従う。申し訳程度に手を振ったレイトリーデに一瞥をやるに留めて、ヘリオドールは一組の観測者を見送った。
「……何だあいつら、何をそんなに焦っているんだ?」
――リン。
「厄介事に巻き込まないで欲しいんだけど。……なあ?」
――リリン。
ノカとレイトリーデの感じた、嫌な予感の根源だろうと判断したそれ??瑠璃の墓場が手渡した本のうちの片方は、確かにヘリオドールの手元にあり、それが原因ではなさそうなことは分かった。3mmくらい前進した。
なくなっていたのは【鈴のなる夢】の方で、けれども中身を曝け出している以上、それが厄介なものには思えない。
「どう思う?」
「うーん。緑柱石がウソつきとか、瑠璃に口止めされてるとか、くらいしか思いつかない」
「奇遇だな俺もだ。後者は特にそうだな」
緑柱石にそこまでの頭――名無しを欺くような頭があるとはとても思えず(それは彼女の言動と、エオクローナとして生きてきた長さによる推測だったが)、彼女が嘘をついているという可能性は限りなくゼロに近いだろう。それがノカとレイトリーデの共通の見解だった。
なれば疑うのは瑠璃の墓場ラズライトの方であり、そしてそれはひどく納得の行くものだった。それを保証する勢いで言動やら性格やらがどうかしているのだから。
「あいつほんと性格悪いよな」
「……。……全くだ、視ろレイトリーデ」
「ふーん、ふふん?クソ野郎かな?」
触角が揺れる。
彼らを誘うような、僅かに漏れ出る瑠璃のラズライトの気配。どこまでもひとをおちょくるのが得意なやつだと思った。きっと分かっていて誘いをかけているに違いない。
「間違いないな。開幕に一発盛大なグーで殴ることを許可する」
「やったね。どのくらいグーで行っていいやつ?」
「自己判断だ」
おびき出されるように二匹が向かった先は、山とはまるで別方向の場所だった。
『 Ring-a-bell, 焦げたにおいも 渦巻く怨恨も 』
「やー、やいのやいの」
世界の証である頭骨をほんの僅かずらせば、エオクローナとしての気配は漏れ出ていく。
一方でこちら側からはちょっと気を張ればどうしているのかなんてすぐ分かることだから、実にやりやすい。これが世界を抱えることになった特権だと思えばなかなかに楽しく、それが故に瑠璃に笑みが浮かぶ。
「どうなるかねえ、実に楽しみだ」
想定外の事案。予測を超えた何か。未だ読めない真意(――もしくは端から読ませる気がないのかもしれない)と、この先。
ただひとつわかることがあるなら、
「黎明の果実は笑うだろう」
面白い駒が生まれたね、と。そう純粋に笑うだろう。
あれは暇を嫌って、剣よりも強い言の葉であらゆる道筋を破壊するのだ。
「私はそうだね、まあ笑う立場に立っていたいから、頑張って厄介の押し付けをしたいところだ」
名無しと氷長石の接近を感じつつ、そう零した。
第65回更新
物ドール Lv.30/物シルフ Lv.25/物ブラックドラゴン Lv.10/物コルヌ Lv.104/物パロロコン Lv.20/物フラウ Lv.25/物ヘカトンケイルLv.25/物オロチLv.10/物フェンリルLv.25/物アルミラージュLv.18
CLV 9008
MHP 27668/STR 2816/INT 300
MSP 2179 /VIT 677 /MND 385
PSP 232 /TEC 3277/AGI 3038