一揆参戦32日目

得られた結論は、望んだものではなかったが、想定していた通りのものだった。
何を思ってそうしたのかは、もはや知るところではない。ただ、思い当たることは、いくつも、いくつもあった。そう、いくつも――

「お父さんは、私が気づいてないと思ってたんだろうけど」

やたらとシャワーが長い時があった。
そういうときは大抵、水音でいろんなものをかき消して押し流している時だ、と知っている。
気づいたらゴミ箱の中のカンやらビンやらが増えているのは、よくあることだった。
ラベルはだいたいが、栄養ドリンクとかそういう類のものだった。あとお酒。

「ひどいのよ」

強い人だった。
正確に言えば、強くあろうと常に振舞っている人だった。徹底して、自分に弱さを見せないように振舞っていた。父親とはそうあるべきとでも思っていたのだろうか。

「私がいるのに、なんにも頼ってくれやしないの」

全部一人でやってしまう。それこそ、アルムが何も言わなければ、なにもかもをひとりで。ご飯の準備をするのだって、家の掃除だってそう。先手を打ってアルムが手を付けて、やったわよ、って言ってようやく、ありがとう、って返してくるような。
ひとりでやろうとした結果がこうなのだとしたら、馬鹿らしいことこの上ないとは、思う。

「なんだってできるから、そうやって」

父親としては、非の打ち所はなかったように思う。
二人きりだった。けれど、寂しいと思ったことは、基本的になかった。お誕生日にケーキが食べたいの、と言えば、買ってこないで作ってしまうような。どこに行きたい、と駄々をこねれば、予定をなんとか工面して連れて行ってくれるような。当人はいなくとも、母親と妹の誕生日も二人で祝った。
忙しくなって、家に帰るのも遅くなってからでも、一日たりとて帰ってこなかったことはない。日付が次の日になっていたことは、どんどん増えていったけれど。

「……そこまで、無理しなくたって、私は、お父さんが生きててくれれば、それでよかった」

生きてさえいれば。
一緒ならなんだって乗り越えられるだろうから。

「だからお父さんはばかなの」
「そりゃあ、馬鹿だねえ、馬鹿だけども、よく頭の回るンだったんだろうねえ」

すっと顔を上げた先にいたのは、端的に言えば「トカゲ」だった。
トカゲはトカゲでも、その骨格は人のほうに寄っている。トカゲビトとでも言うべきかそれは、オーウェル・ネディーの親戚の、つまりはこの家の家主だ。
ステリオ=ラセータ・ネディー、トカゲの亜人の、――魔法使い。

「トカゲさんもそう思うでしょ」
「あんなあアルム、あたしはステリオ=ラセータ・ネディー、せめてネディーさんとか呼んでくりゃいいのに、なんでトカゲさんって呼ぶんだい。悲しくてしょうがねえ」
「ステリオって読んだらあたしはラセータだって言ってじゃあラセータって呼んだら俺はステリオだって言われたらトカゲさんって呼ぶに決まってるわ馬鹿なの、私の中でのネディーさんはオーウェルお兄さんだからそれは嫌」

オーウェルの遠い親戚であり、かつ、魔法使いという人が寄り難いそれであり、さらにアルムの進学先の学校の近く(――と言ってもそれはスズヒコたちがかつて住んでいた家と比較してのことだったのだけど)に居を構えるステリオ=ラセータは、端的に言って変人であった。ひとですらないのだがそれはさておいて。
ただ変人であるのはともかく、その頭脳はお墨付きである。そこだけは父と比べても、アルムが認めざるを得ないところであった。
それ以外については、基本的にボロクソに言いまくっているのだが。その辺も含めて相手をしてくれるから、暇つぶしには事欠いていない。

「あぁーもう好きに呼べ好きに、あたしだって分かったらちゃんと寄ってってやっからあ……」

ステリオ=ラセータとて、この咲良乃アルムとかいう生意気で頭のいい子供の相手をしてやるのが嫌なわけではない。むしろ楽しいくらいだ。これの父親はよく頭の回る人だったんだろうと思う、話を聞いている限りでそうだった。良い父親になろうと必死で藻掻いてそして死んでいった男は、一度だけ会ったことがある。丁寧にこちらに頭を下げてきた温和そうな姿は、忘れかけていた。

「それで」
「話の続きかい、いいよいいよ、いくらでも聞いてやるから」
「ん」

後にアルムは語っている。
ステリオ=ラセータ・ネディーというひとを選んだ父の選択は、その時点では確かに正しかった、と。

「……私は許せない。お父さんがこうなってしまったことを。お父さんをこうした人たちは、みんな死んでしまえばいい」

復讐することを、子供の頭で本気で考えていた。
そうすれば気が晴れるだろうし、報われるだろうと思っていたのだ。

「ああ、やめときなあ、馬鹿のすることだ」
「私は馬鹿じゃない」
「ならなおのことそうだ。もっと頭ァ使うんだよ、頭」

ぽん、と置かれた手は、鱗の生えた手。

「……頭」
「ただ殺してしまってはいおしまぁい、じゃ生温い、っつってんのさ。殺してしまったらそれっきりだからね!それにこっちがお咎めされてしまうさ、……そう言う時はねえ、正当に、社会的に殺してやりゃいいのさ、……そんために今あんたができることはねえ、とーにかくお勉強することだ。相手が何言ってきたって言い返してやれるくらい賢くなりな?地頭いいんだし、それがあんたの武器だ、間違いねえ」
「……それで、本当に、できるの?」
「あーあ、そりゃもちろん。ただできたかどうかってえも、頭よくないと分かんないけど」

彼女がそうやって表舞台に立つ頃には、たぶんこの事のほとんどに片が付いているだろう。
今まさにそうしてやろうとしているところなのだ。子供の出る幕ではないのだ。
それでもきっと、そう導いてやることが、あの男が望んだことなのだろうと思う。意図していなかろうと、きっとそういうことなのだ。


――そうして咲良乃アルムは、学問の道を歩んでいく。

第63回更新
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