一揆参戦3日目

ヘリオ >>
リラのことを思い出すと、あの人のこともついてくる



せっかくだし、咲良乃スズヒコという男の話をしようと思う。
咲良乃スズヒコ、年はリラと同い年、別の国から遥々留学してきた容姿それなり頭脳明晰の薄緑の髪の男。その薄緑の髪の色は確か咲良乃家ほぼ固有だとかなんとかで、とにかく珍しい色だと聞いた。色素はあるけど薄いものだから、少しでも他の色の遺伝子が混ざるとまあおもしろいくらいに出なくなる色らしい。時折思い出したように隔世遺伝や遺伝子異常や偶然の組み合わせでぽっと出て、血筋をさかのぼってみれば咲良乃家のどこかに辿り着くような、そういう面白い家なのだそうだ。ここまで全部、スズヒコから聞いた話。
そう嬉々として語る男は生物学に造詣が非常に深く、科学技術についてはこの国のほうが、彼の故郷よりもはるかに発達していた(――実はこの辺りは、この世界、もといヘリオドールがもといた世界の根幹に関わることで、すこしばかりややこしいのだけど)。だから咲良乃スズヒコはこの国に留学してきたのだ、それがちょうどリラが中学生になったときのことだ。
そこからどうなったか、というのは少し前に話をしたから、あくまで咲良乃スズヒコという男について、ヘリオドール・アスターの知るところを述べておくことにする。

物珍しい髪の色の留学生、さらに頭脳明晰、そして明るく人の中心にいつもいる。これで見た目もよかったら完璧だったのかもしれない。曰くスズヒコは冗談が上手いし、そして頭もいいから、先生に対しての切り返しがどうにも面白いとか何とかで、あっという間にクラスの人気者になったそうだ。人当たり良し頭脳良し、実に良く出来た子供だ。それがどうしてこのリラ・アスターとかいう、見た目は良いほうかもしれないが中身は大概(だと、ヘリオドールは今でも思っている)なクソガキに惹かれたのだろう、と疑問に思っていた。
実際そのクソガキリラにも嫌そうな顔ひとつせず接していてくれたようだし、リラの悪態やら何やらもひょいひょい受け流す様はとても見応え、いや聴き応えがあって面白かった。それを彼に伝えたら困ったような顔で苦笑いされたのも、大人の対処を心得ているあれだろうと思った。

見ているうちにどんどん、咲良乃スズヒコという男の化けの皮は剥がれていったのだけど。

「……スズヒコくん?」
「ああ、ごめんリラ。あんまり気分が良くないんだ」

その「気分」は決して体調のことを指してはいない。リラは分かっているのかいないのか知らないけれど、咲良乃スズヒコという男がまとっていた化けの皮が、仮面が、リラの前ではぼろぼろと剥がれていくのを、ヘリオドールは確かに見た。
所詮は良く出来た優等生なんて飾りだったということだ。みんなに慕われるのも作りもののそれ。

「おれは下手くそだから」

人付き合いが下手くそだ、と。そう言う。

「どうして?わたしのほうが、よっぽど」
「リラはさ、いつだってまっすぐだ」

だから俺には羨ましい、と。
今思い返せばどう見ても口説いてるようにしか見えなかったのだが、当人たちには欠片もそんな気はなかったのだろう。それは聞いていれば分かった。そうやってぽつぽつとスズヒコが本音を零すようになっていった頃合いから、リラの話の聞き方は随分とおとなしくなったように思う。

咲良乃スズヒコと言う男は、そうやって器用に不器用に人の目を誤魔化しながら、優等生ぶって生きている、そんな男だった。元いた国でも同じように過ごしてきて、同じように嫌気が差して、逃げるように留学を選択する。それをやるだけの頭があるなら、もう少し頭を使えばいいのに、とは思ったものの、言うだけ無駄だと思った。
でも曰く、さすがに何人かにはそういう振る舞いに気づかれているようで、それでもなお仲良くしてくれるひとがいて、それで十分だとはよく語っていた。この人はきっと、頭のいいところにどんどん進んで、ひとを選んでいく人なんだろう。というか彼についていけるような人が、一握りだという、そんなところなのだろう。

「飛び級するのも考えてるけど、モラトリアムを放り投げるのもなんだか癪でさ」

よく言ったものだ。

「スズヒコくんが先輩になるの?」
「そういうこと」
「わたしの宿題聞く人がいなくなるわ」
「――宿題くらいべつに、一緒じゃなくても見てやれるって」

あとひとつ付け加えておくことがあるとすれば、彼がモラトリアムを早い目に放り投げられなかったのは、リラ・アスターのせいも十二分にある。というかそれ以外に彼を縛る人なんて、いなかったのだろう。そういうことだ。
そういえばある時から面白いことに、スズヒコはなんだか吹っ切れたように道化を飲み込み、それをそのものにしてしまった。淀んだ本質と明るい外見がぐるりと混じって、多少淀んだそれではあったけれど、それはそれで十分ひとりの人格としてはありだったように思う。それはちょうど彼がモラトリアムを投げ捨てる決意をして、飛び級で大学に入学した辺り。何が彼をそうさせたのか、そうさせたのは誰なのか、実に簡単な事であった。
順調に学問を修めていくスズヒコに比べ、リラはどうしても学校を休みがちだったから、勉強に置いて行かれることがままあった。それでもそれなりの成績でいられたのはスズヒコのおかげだろうし、――まさか彼女がスズヒコと同じ大学に、滑り込みでとは言え入った時には、さすがに目を疑った。その時もうとっくに(彼女の父親を除いて)リラとスズヒコの仲はアスター家公認のようなものだったし、愛の力だ、の一言で片付けてしまえばいいんだろうけれど。こわいものだ。
なんとなくこの辺りで、直感していたことがあった。

きっとリラはアスター姓の次に、咲良乃姓を名乗る。

スズヒコが絶妙に調節した彼のモラトリアムの終わりは、ぴったりリラが大学を出る年だった。
あとは研究者になった彼が、リラを迎えに来るだけだ。

「リラ」
「スズヒコくん」
「……おれはいつまで君にくん付けで呼ばれるんだい?」
「癖よ」

成長して少しはまともになったとはいえ、相変わらず喘息持ちのリラの傍にいるスズヒコは、大抵の場合リラの尻に敷かれていた。これは将来めちゃくちゃかかあ天下だろうな、みたいなことが簡単に予想出来て、微笑ましいというか、すこしばかりざまあというか、そんな感じの。
そう、けれどリラもリラで頼りたいときに頼れる人ができたおかげで、おとなしくなった、というか、女性らしくなったな、と思う。じゃじゃ馬リラ・アスターは、もういない。



ヘリオ >>
……そうそう、これも話しておかないとね。面白いから



スズヒコのことでヘリオドールが真っ先に思い出すのは、彼女の父親に結婚を前提に付き合っていることを報告した時のことだ。あれほど面白い事案は、人間観察を始めてから一度も見たことがないし、この先もこの記録は絶対に塗り替えられないだろうとすら思う。

「あー、あの、お父さん」
「どうしたんだいスズヒコくん、そんなに畏まって」
「今までずっと黙っていて大変申し訳ありませんでした」

畏まっているのは言動だけではない。格好もだ。
横でリラは面白そうに笑いをこらえていたのだけれど(スズヒコはスーツが似合わなかった)。

「なんだなんだどうしたっていうんだ」
「私咲良乃スズヒコは、リラ・アスターさんと結婚を前提にお付き合いさせて頂いて、おりま、す……、……」

沈黙が場を焦がす。
リラの父親は完璧に凍りついていたし、スズヒコは冷や汗だらだらだったし、その様子を見ているリラは今にも笑い出しそうだった。あと母親も。

「……はい?」
「はい」
「ちょっと待ってくれ全く。いや全く聞いていないしリラからもそんな話は」
「そりゃだって、お父さん絶対キレるだろうなって思ったからよ!もうわたしだって大人だし、いまさらどうのこうのしようったって無駄だからね」

父親、とくに一人娘の父親というものは、娘に対して非常に無力である場合がある。
アスター家に来てからヘリオドールが学んだことのひとつだ。

「り、リラ、ちょっと」
「……リラ……、……父さんは悲しい!!リラ!!お前は皆に隠し事をするような娘だったか!?」
「悪いけどお父さん以外だいたいみんな知ってるわ」

娘の追い討ちは容赦なかった。
スズヒコもスズヒコでどうしたらいいのかわかってなさげだったし、母親はついに別の部屋に引っ込んでしまった。たぶん部屋でめちゃくちゃ笑っている。ヘリオドールは耳がいいのでドア越しでも殺した笑い声が聞こえた。

「あっちょねえリラ」
「許さん!!父さんは絶対許さないからな!?」

テーブルが宙を舞った。
比喩でも何でもなくほんとうに宙を舞った。

「〜〜〜〜ッ!?」
「ちょっとお父さん!?いい加減にしてよ!?」

このあと哀れリラの父親は、彼女とその母親にめちゃくちゃ怒られていたし(リラは呼吸するようにスズヒコのことで惚気けていてちょっと父親がかわいそうに見えたけど)、スズヒコは全力でその情けなさを露呈することになったし、被害がアスター家のコップ2つと皿1枚で済んだのはそれはそれでよかったのではと思う。
ヘリオドール的にはなんかもうめちゃくちゃおもしろかったし、ちゃぶ台返し(――今回の場合テーブルだったけど)は都市伝説ではなかった!ということを確かめられたのが何よりも収穫だった。



ヘリオ >>
――そんなこともあったなあ



今リラとスズヒコはどうしているのだろう。
この世界で無為にただ、自分の知ることを吐き散らかすよりも、できることをしようと、ふと思った。


ヘリオ >>
――リラ、リラ
僕は忘れてないから、いつか忘れた頃突然現れて、スズヒコのこともそうだけど、リラのことも全力でからかってやるんだ……、おまえに良い母親できてるの?って、さあ





(緑柱石は知る由もない)
(当にその機会は喪われている)

第34回更新
物ドール Lv.26/物シルフ Lv.9/物ケットシー Lv.4
CLV 2824
MHP 4424/STR 137/INT 101
MSP 369 /VIT 104/MND 103
PSP 20 /TEC 208/AGI 137