――猫と同じように、それも力を抜き取ろうと思っていたのだ。
けれども、それには思い入れがあった。スライムの勇者と一緒にそれを捕まえに行ったとき、自分は本当に何も出来なかった。別にそれでどうのこうのというわけでは、きっとないと思いたいんだけど、外形を失わせて自分のものとするのはどこか惜しいように思えたのだ。
コルヌ。その名は豊穣の角【cornucopia】よりか。
富と安寧を象徴し、「幸運」「勝利」そして「平和」の女神たちの持物とされる。
「――」
角を持つ水蛇を、
氷の乙女を、
百の手を持つ巨人を、
伝説に名を連ねる大蛇を、
地を揺らす狼を。
今からその全ての形を無に返して、何もかもを自分のものとする。
エンブリオに形を与え、連れ回すことに憧れを抱かないわけではない。共に行動している少女もそうしているようだったし、少し前に共に地を揺らす狼を借りに行った少年もまたそうであった。
けれど自分に、そんなものを背負える器があるのかと問われれば、首を横に振りたくなる。そもそも、メルンテーゼを離れてしまえば彼らはどうなるというのか。そう考えた時に、ならばこの力は、今後も手における形にするのが一番いいと思ったのだ。
皆一様にそれは受け入れた。契約者の命令が絶対なのだとしたら、首を縦に振るしかなかったのかもしれないが、そうでないと信じたい。
そうしてひとつずつ光の粒にして散らしていって、翅が何もかもを吸い取っていた時のことだった。
――リン。
「……」
地を揺らす狼が、まさに今光となって散った時に、ヘリオドールの耳に鈴の音が届いた。
視線を向けた先に静かに佇んでいるのは、豊穣の角。
「何だ」
それは何も答えなかった。
ただ、ヘリオドールの横にやってくると、その隣にそっと座る。彼か彼女かもわからないそれは、契約してから一言も発したことはなかった。ただ呼べば来る、こちらの指示には従う、それ以上でも以下でもなかった。
どこにつけているわけでもないのに、歩けば鈴の音を鳴らしてやってくるそれに、ふと違和感を覚えた。
――いつから鈴の音が聞こえるようになった?
「なあ」
ヘリオドールの問いかけに首を傾げても、鈴の音が聞こえる。一挙手一投足なにもかも全てに鈴の音が付随してくる。
「お前はいつの間に、そんなリンリン言わせるようになったんだ」
首が横にふられた分、鈴の音が複数回聞こえてくる。
「……そう」
それから向けられてきた視線は、なぜ私はこうしないのか、といった類のそれに感じられた。
目の前で他のエンブリオは力だけを残して消えている。
「……お前は、僕にとって、少し特別だからだ。最初に持っていた人形【ドール】もそうだが、お前はまだ右も左も分からないころの僕の我儘で、僕のところに来ることになった。覚えているか、あのスライム」
その鈴の音は肯定の色。
「あれの世話にならなかったら、お前とこうしていることもないと思うと、どうにもね」
せめてメルンテーゼにいる限りは、その心遣いに感謝し続けるという意味でも、このままそれを保持してもいいのでは、という気はあった。
去る時は、去る時でまた考える。人形と違ってそれは、メルンテーゼのいきものだ。
「ある意味、お前には憧れを押し付けていると言っても、それは間違っていないんだ」
ひとりで生きていけると思っていた。
ひとりで生きていくものだと思っていた。
この世界は、案外そうでもなさそうなのだ。
「せめてメルンテーゼにいるうちだけでも、そういうごっこ遊びはしててもいいかなってね」
鈴が鳴る。
「ごっこ遊びというのは失礼か?けどもイマイチ分からないから……何にせよ、これからも、頼ることになるだろうから」
他のエンブリオは、すでにその形を残していない。
不意にヘリオドールは、不格好な蜻蛉の人形の腹を割く。ぱっと中から散って出てきたネクターが、光となって消えていった。
「もうリラもいない。あの男もろくでもない死に方をしたようだし、僕にはよく分からない仕事ができた。だが」
人形すらも、光の粒と化していく。
「いや、だから。僕はきっと、自分で考えて動いていかねばならないんだろう。ラズライトから託された仕事を終えたらそうだな、……いや、その前でもいいけれど、トリアルス村でも行ってみるか」
一揆とやらが落ち着いたら。今は共に行動している仲間がいるから、そこに迷惑をかけるわけにも行かない。
ふ、と一息つけば、見下されるほど大きかったエンブリオたちはどこにもいない。ヘリオドールと大して大きさの変わらない、四足の角を持つ獣がいるだけだ。
「次で最後のエンブリオだ。敵が多いから気をつけなければ」
労うように鈴が鳴る。
パッと翅を広げて飛んでいった先、見えるのは機械と鎧と少女だ。これから作戦の相談でもするのだろう、
『……悪かったな、ろくでもなくて』
鈴の音ひとつ響かせて、【コルヌ】はその場から姿を消した。
――リン。
作戦会議と食事を終えて(……と言っても、本当に必要としているのはおそらくは少女だけだった)荷物の整理をしていたヘリオドールははたと気づいた。
本がない。
「……ない?」
「どうした、アスター」
「メカエキス。本を知らないか、……あの、ほら。こないだ話した本だ」
「ああ、アスターが他の世界に持ってけって押し付けられたやつか?知らねえなあ」
鎧も少女も首を横に振る。
そもそも荷物は個人管理だし(見つけたアイテムは互いに融通しあったりはしていたが)、存在こそ知っていても見せたことは一度きりだ。
「めんどくせえ」
「薄っぺらい本だろ?見つけたらアスターの荷物に突っ込んどくぜ」
「ありがとう。今から少し探しに行く……ああ、そう遅くならないうちに戻る。それは気にしないで」
気をつけろよ、という声を背中に受けて、夜色の身体は即座に宙に浮く。
思い当たるところも何もないが、一応は探したという証拠は作っておきたかった。ラズライトとかいうエオクローナは、最強にめんどくさいからだ。
――リン。
『くそったれが』
【コルヌ】は相対する。
一冊の本をくわえた【ライジュウ】は、木々の間から静かに、しかし明確に分かる愉悦の表情でそこにいた。
『お前、ほんとうに、性格悪いよ』
『あんたに言われたくないかな』
本を「飲み込む」。
『俺こそ聞きたいんだけどさ、いつまで追いかけっこすりゃいいの?いや、今、やっと追い付いてるけど、追いついてるけどろくに動けやしないけど。なんだあの瑠璃の墓場とかいう奴』
『そんなの決まってる、俺の目的が達成されるまでだ……、……第一もう関係ないっていうのに、いつまで追いかけてくるんだよ』
ぴ、と【コルヌ】の耳が立つ。
かすかな風の音。何かの接近してくる気配。
『俺は許してないから』
『勝手にしろ。何れにせよお前の目的と俺の目的は一緒じゃないだろう、お前こそあの生き物に着いて行けよ。お望みの世界はすぐそこかもしれないじゃないか?』
『――それも元はといえばお前が何もかも悪いっていうのによくもてめえはァ!!』
吹き荒れる突風。それに怯んだ【ライジュウ】の隙をついて、【コルヌ】の姿は忽然となくなっていた。
それと入れ替わるように夜色の生き物が目について、【ライジュウ】は舌打ちする。
『ちぇっ』
身を翻した。
次に相対するのは、あれの仲間とやらがいる時だ。少なからずやることへの足がかりにはできるのだから。
第56回更新
物ドール Lv.30/物シルフ Lv.25/物ケットシー Lv.25/物コルヌ Lv.68/物パロロコン Lv.20/物フラウ Lv.25/物ヘカトンケイルLv.25/物オロチLv.10/物フェンリルLv.15/物ライジュウLv.1
CLV 6096
MHP 18535/STR 1401/INT 249
MSP 1453 /VIT 518 /MND 342
PSP 131 /TEC 1706/AGI 1494