一揆参戦20日目

気まずい沈黙を早々に破ったのはノカだった。

「惜しむらくは、パライバトルマリンを生み出した人間はどうやらエーオシャフトの出ではなさそうだ、ということだな。辿ってもそれに該当するものが発見できない」
「……ああ、あそこの生まれでないと無理、ってやつ、」
「そうだ。当然の制限だとは思うが」

ノカで出来るところの行き止まり。結局自分が手に入れたのは、忘れていたことだけだった。
それも自分が慕っていた人間の手で、そういう仕組みにでもなっている、ということくらいしか分からない。そしてそれは他の誰かによってでもなされるのかどうかは、また定かではない。

「まあ、いい、けど」
「他に何か質問はあるか」

ないのならこちらは立ち去ろう、そんな様子を見せているノカをまっすぐに見つめたパライバだが、聞きたいことがあるような気がして、けれどそれが全く言葉にならずに頭がぐるぐるする。
先生は――
……先生は、そういえば、『いま』どうしているんだ?

「ノカ。ひとつだけいいか」
「答えられる範囲内なら」
「ぼくは死んだ後の先生に会った、それは本の中の世界だ。けれどそのあとどうしているのかは知らない、……今、先生は、……咲良乃スズヒコはどうしている?」

問いかけに怪訝そうな顔を返したノカは、それでもすぐについと虚空を見上げた。
どこか遠くを見ているような瞳がすっと細められる。

「なるほど。面白い……結論から言えば未だ存在しているが、それ以上のことは分からないな」
「そう。ありがとう、それだけでも割と十分だ」

それ以上のことは求めない。聞いても答えてくれそうになかったし、聞いたところで今更会って話すこともない。本の世界でそれはやり尽くした。
ただ、そう――生と死の概念を飛び越えたひとが、どうしているのかだけ、ほんのすこしだけ気になっただけだ。

「ムトラ、行こう」
「あ、う、うん。パラくん大丈夫?」
「もう平気。だからほら」

追体験に巻き込まれた精霊の手を引いて、電気石はそそくさとその場を立ち去っていく。ノカにもヘリオドールにも、それ以上何か言うことはなかった。
夜色がぽつりと取り残される。

「……咲良乃スズヒコは、……生きている?ということなの?」
「いいや、違うね。あれはもう生きてもいないし死んでもいない、というべきなのか。とにかく一般的な生死の概念からは外れた存在になったということ」

会えるのなら、リラ・アスターのことを聞けるのだろうか。けどよくよく考えてみれば、先ほどまで見せられていた記憶によれば、聞いたところで意味を成さないことはすぐに分かる。咲良乃スズヒコは、リラと娘たちを置いて死んだのだ。確かにあの頃、別れる間際に見た頃は幸せそうに笑っていたと思ったのに、最後に見た絶望と憎悪のこびりついた顔が忘れられない。
リラのことを知るなら、誰を探しに行けばいい?

「……。……娘か」

二人の娘の下の方。
――そもそもそこまでリラに執着する理由は、と問われてしまえば、自分が生きている意味が欲しいからで、それ以上にも以下にも成り得ない。他に何か理由が作れればあっさりと、リラ・アスターに対する執着なんでどこかにやれる自信がある。
けれど今の自分にはそれがない。

「僕にも向こうにも構い終えたというのなら、とっととエーオシャフトの根っこにでも戻ってしまえよ。僕はもう行く」
「お好きにどうぞ。生憎俺とレイトリーデは、外をふらふらしていることのほうが多いがな」
「ならば可能な限り僕の知覚内に入るな。失礼する」

いずれ何かの代替品を見つけなければどこかで破綻するのは目に見えていた。かと言ってどうすればいいかと聞かれれば、それにも困るだろうことは、とてもよくわかった。
このメルンテーゼに来てからようやく、本当にようやく、リラ以外の他人と関わるようになった身としては、余計に。
ぱ、と翅を広げて山の方に飛び去る夜色を、四足の獣も白い生き物も追いはしない。

「えーなんだあノカ。みんな帰しちゃったの」
「レイトリーデ。生死の概念を飛び越えた男に興味はあるか?」
「へえなにそれ?殺し放題?」

川でモンスターと戯れていたレイトリーデが濡れた身体を震わせつつ戻ってきて、そこら中に飛沫が散る。それを特に気にすることもなく、ノカは静かに歩き出した。
聞いた話を拾い集めながら、新たな興味の先を探していく。

「かもな。かと言って殺してどうする?」
「どうもしなーい。遊ぶだけ」

観測者は基本的にそういう生き物だ。特にレイトリーデは興味の色でどこへでも行き、それが失われればすぐに戻ってくる。ノカはノカで、そのどこかへ勝手に行く氷長石を追いもせず縛りもせず、戻ってくるのを待つための存在である。

「……まあ、男のことはまた何れ。移動する墓場が目をつけていないわけがあるまい」
「瑠璃?まあそれもそうか。こんど会ったらなんか面白いことなかったか聞いてみよーっと」

地面を蹴る音がふたつする。
そこにいたはずの獣と白い生き物の姿は、忽然と消えてなくなっていた。


――


「ムトラはどうするの」
「あたしー?うーんちょっと疲れたから帰って寝てもいいかも」
「……ごめん」

時空の精霊を疲れさせた原因は間違いなくこちらにある。そう思うとパライバは気が重く、謝罪の言葉が口から漏れでた。
ぬっと小さな手が伸びてきて抱えられるのにも、緩慢な反応しか示せない。

「いいのー気にしないで。気にしてないから!パラくんこそ元気出してよー、なんか顔色悪いよ」
「……ぼくにそもそも顔色あんの?元からヒトで比較したらくっそ悪くない?」
「なんとなくだってばーもう」

せめてもう少し自分が何かできれば、あの世界から先生を助けられたのだろうか。過ぎたことを悔いても仕方ないのだけれど。
ついと見上げれば、何も気にした様子のない紫の瞳と目が合う。

「……ありがとうムトラ」
「いいっていいってー」

ちょこんと彼女の肩に顔を置くのくらい、今は許されて欲しい。それくらい、一連の過程で疲弊した自覚はあった。
ムトラは、特に何も言わなかった。ただそうやっているうちに、珍しくパライバの寝息が聞こえてきて、目を細める。

「珍しいなあー」

長いこと生きていれば、出会いも別れも幾らでもあるから、何度も体験したそれに、もうすっかり自分は慣れてしまっている気がする。
けれどパライバにとって、あれが一番最初の出会いで、そして別れだった。だとすれば、それを忘れさせようとする心も、今こうして疲れ果てているのも、分かるような気がする。

「んふふ」

けどだいじょうぶだよ。きっとあたしより君のほうが、先にいなくなるから。そうしたらあたしが飛んでいって見送ってあげるから。
安心して寝られる場所を探して、パライバを抱いたまま、ムトラはふわりと浮き上がった。

第51回更新
物ドール Lv.30/物シルフ Lv.25/物ケットシー Lv.25/物コルヌ Lv.47/物パロロコン Lv.20/物フラウ Lv.25/物ヘカトンケイルLv.15/物オロチLv.10
CLV 4902
MHP 13246/STR 783 /INT 220
MSP 1115 /VIT 348 /MND 304
PSP 91 /TEC 1137/AGI 946