一揆参戦2日目

リラ・アスターという人の話をしよう。
アスター家の一人娘、家の特徴である藍色の瞳を受け継ぎ、髪の色は母方の祖母からの隔世遺伝(もしくは単なる遺伝子異常)。アスター家、なんてカッコつけたことを言ったが、地域に根づいた商店を細々と営む家のそのまた分家の、要は普通の家の娘だ。
喘息を患っていて、ちょっと動くとすぐ息が苦しくなるので天性のひきこもり(というのはいささか大げさな表現か)。かといって勉強ができるわけでもなく、成績はせいぜい真ん中のあたり……、よくも悪くも特徴めいたものはなく、認識はよく学校を休む子、といった程度。彼女の気質も相俟って、いつもひとりぼっちでいるような、そんな感じの女の子。かといってそれを苦にすることもなく、リラ・アスターは生活していた。
アスター家の血筋は大家族が多かったから、親戚が集えば暇を持て余すようなことはまずなかったし、そして比較的近所に皆住んでいたから、リラも退屈することはなかった、というわけだ。彼女の父親が大変過保護な人間であったせいもあってなおのこと、リラの世界は実に狭かったのである。
聞くにリラは、動物やら魚やら昆虫やら、動く生き物に興味があったらしい。
とはいえ彼女の身体で遠出などできるわけもないから、行動範囲はせいぜい家のすぐそこの小川まで、それもコウギョウカとかキカイカとかそういう何かしらの影響で、自然のものとは程遠い川。そんなところで見れるものなんて高が知れているけれど、狭い彼女の世界には十分すぎたらしい。
そこにうっかり現れてしまったのが、ヘリオドールだ。

狭い世界に突然現れた見たこともない生き物(――生き物かどうかも怪しいのは、割愛する)が、突然目の前に現れた……、彼女の心を射止めるには十分すぎる設定とシチュエーションだったらしい。
そうしてリラ・アスターは、面食らった顔のヘリオドールのしっぽを捕まえて言うのだ、今でもようく覚えている。

「ねえねえ、わたしといっしょにあそびましょ!」

まさかそんなふうに言われるなんて思っていなかったし、せいぜい好き勝手弄ばれて終わりだろうと思っていたから、それはそれはびっくりしたのは、未だに覚えている。
もっともみくちゃにされてしまうものだと思っていたから。(人間の子供というのは無慈悲に虫の翅をむしり、足をちぎって、頭と胴と腹を分離する生き物だ、というのが、ヘリオドールが今まで観察してきて学んでいたことだったから)
夜色の身体に流れ星のような黄色の触角を一本生やし、背からはどちらかと言えば虫に似た翅は、基本的に均翅亜目のように閉じているけれど二対。あとは例えるならトカゲかなにかのような身体つき、果たして自分はなんと呼ばれる生き物でしょう?そんな不可思議な見た目のヘリオドールに対して、リラは全く恐れをなすことはなかったのである。世界が狭かったからなのか、それとも彼女が本当に肝が据わっていたのか。
今となってはどうでもいいことである。

「……構わないけど、キミは僕のこと、怖くないの」
「こわい?どうして?だってみててとってもふしぎでおもしろいわ!」

きらきらひかってきれいだから、そういって指差すのは触角だった。夜色の身体に映える色。
面白いことを言うもんだなと思ったから、ヘリオドールは彼女についていってみることにした。それだけだ。
気づいたら何故かうまいこと家族の目の前に差し出され気づいたらなんか一緒に住むことになってたんだけど。ほんとわけわからなかった。あれだけは解せぬと思った。

「どうして」

それは当然の問いかけである。

「僕のこと飼うだって?何言ってるんだキミは」
「キミじゃないわ、リラよ!リラ・アスター!」
「……リラ・アスター。これでいいんだろう、もう一度言うぞ、僕のこと飼うとか何言ってるんだ?」

強い口調で投げかければ、彼女は怯むなり泣くなりするだろうと思っていた。それくらい幼かったからだ。

「いやなら、いまからバイバイすればいいわ!いるんだったら、あなたはわたしといっしょよ!」

それはまったくもってその通りだった。彼女が何より正論を言っていた。
強い態度で出れば、きっと拒絶されるだろうと思っていたのだ。そうすれば自分が立ち去る理由ができるから。ここにいる理由は、目の前のリラ・アスターに作られてしまったから、立ち去る理由も彼女に作らせようとしていたのだ。
いつだって、そうやって他のもの任せにして生きている。

「……なるほど?まあいいよ。別に嫌でもなんでもないし、僕がここから立ち去る理由はあんまりない。いてやろうじゃん」
「そうしたら、あなたはわたしのおともだちね!」

はあ。おともだち。

「……そうかい。ご自由に」
「あなたはなんていうの?」

藍色の瞳がまっすぐに見つめてくる。

「――ヘリオドールだ。」

それからほとんど毎日、リラと一緒に過ごしてきた。一緒に過ごしてきた、といっても同じ部屋の中で同じ空気を吸っているだけ、ということのほうが圧倒的に多い。暇な時間はリラやその母親、そして彼女に関わる人の会話に耳を欹てているのが何よりも楽しかった。
リラが喘息を患っているのはその会話で知ったし、それでしょっちゅう医者が家に来る。それからリラの父親が過保護な人間であるだとか、アスター家がどういう家なのかとか、そういうことを全部。とにかく話していることは全部耳に入れて、だいたい全部を一度覚えて、それからいらなさそうなものは捨てていった。
リラはヘリオドールがそういう会話に耳を欹てているのをどうやら知っていたようで、時々ヘリオドールを盾にして父親と会話することがあった。たとえばどこに行くって約束をしたのにしらばっくれたとか、そういうレベルのしょうもないことだけど。
それでも彼女に頼られているというのはなかなかこそばゆくいい気分で、悔しいかな自身の変質を思い知らされた。リラや家族の誕生日の祝いにはヘリオドールの分のケーキもしっかり出されたし、なんだか随分しっかりと家族として受け入れられてしまっていたのもあって、アスター家を離れづらいことこの上なかった。
ただ、言ったとおりに、ヘリオドールはいつだって行動する理由を他人任せにしているから、追い出されさえしなければ、ずっとここにいることさえありうる。それが許されそうな雰囲気なのがまたなんとも恐ろしかった。

そうやってだらだら生活しているうちに、リラはどんどん成長していく。
ヘリオドールと同じくらいだった背丈はあっという間にヘリオドールを追い越し、それはそれは可憐で美しい(だと父親がべた褒めしていた)少女に育った。
けれどヘリオドールは知っている。
この可憐で美しい少女はじゃじゃ馬だ。

「聞いてヘリオ、今日もうるさいのに絡まれたからガツンと言ってやったの」
「そしたら喘息の発作が出て大変だったって?」
「よくわかったわね!そう、そうなのよ」

身体は弱いくせに気の強さは天下一品、殴り合いの喧嘩じゃ誰にだって負ける(勝負の前に不戦敗がつくレベルで)というのに、口喧嘩になると途端に鬼のごとく強くなる。
ただもちろんそういう怒鳴り合いだって身体に響くものだから、少しばかり遠慮を覚えたほうがいいのではないか、とは思う。だいたいにして彼女の父親が心配する。

「少しは自重したら」
「どうして私が自重しなきゃいけないの」
「……キミ喘息持ちだって自覚ある?頭大丈夫?」

不満気に尻尾で床を叩きながらそう言うと、リラはだいたいちょっとしょげたような顔をするのを知っている。ヘリオドールが怒っていると思っているからだろう。実際全然そんなことはないんだけど、案の定そういう認識で、困ったような声がする。

「もっと頑丈に生まれたかった」

それは切実な願いに聞こえた。

「もっといろんなところに行ってみたいし、いろんなものを見てみたかった」

時折こうやっていかにも『らしい』面を見せるから、なんというか。リラ・アスターという人は、ヘリオドール的には憎めない。
こういうときいつもヘリオドールは、彼女のベッドに飛び乗って、そっと頬をすり寄せて言うのだ。

「なんとかなるよ、キミがちゃんと頑張ればね」

それ相応の治療を受ければなんとかなるもののはずなのだ。
だから安心して欲しい。そんな意味を込めて。

「そうね、あまりくよくよしててもしょうがないわ」

立ち直りが早いのも、リラ・アスターという人の特徴だったことを付け加えておく。

第33回更新
物ドール Lv.26/物シルフ Lv.3/物ケットシー Lv.1
CLV 2792
MHP 4127/STR 124/INT 94
MSP 342 /VIT 95/MND 95
PSP 18 /TEC 190/AGI 122