一揆参戦18日目

(闘技番外編第三弾)

それは随分と長い夢で、それでいて夢でないような現実感を伴っていた。
たとえばカズトはどうしてかヒーラーをしていたし(本の中の自分よりもよっぽど強そうに見えた)、フェデルタさんは前ですべてを受け止める壁として立っていたし、セラティヤさん……はあまり本の中での記憶がないけれど、一緒にいた気がする羽を持った女の子は全体攻撃が得意だった気がするんだけど彼はそういうわけでもなく、何より自分がしこたま弱かった。いや本の中でもしこたま弱かった気がする。けれども、ちょっとは耐久には自信があったつもりなのに、ちょっと殴られるどころか流れ弾ひとつでもう立てないのは、ちょっとどうなのか。

けれど。
回を重ねるごとにできることが少しずつ増えていくわたしと、4人で顔を突き合わせてあーでもないこうでもない、こいつのこの技とりあえず潰しとこう、そうやってあれそれするのは何だかんだで楽しくて、何より自分がただの置物ではないことを実感できて、この夢が終わらなければいいのに、と思うことすらあった。本の中が恋しくなる。
誰も何も変わっていない。カズトは相変わらずうざかったし、フェデルタさんは相変わらずやる気がなさそうだったし、何も。わたしだけなんだか別のところから切り取られてきたような違和感も、そのうちなくなっていった。

2勝2敗4引分、うち1回はシード勝ち。
わたしみたいなお荷物がいたのにもかかわらず、ここまでやってこれたことに、むしろ驚く。なにより、勝てた。一度自分たちの力で勝てたのが、嬉しい。
その日は本当に飛び回って喜びまわって、珍しくお酒なんかに手を出して、フェデルタさんにめちゃくちゃ呆れられたのは覚えている。アマネカズトとかいうクソ野郎は絶対に許さない。

「ユーエ」

赤いコートが見える。

「フェデルタさん?」
「ガキは元気か」
「へっ?」

いつ言ったっけ。そんな覚えはない。
カズトはもちろんセラティヤさんも、当然フェデルタさんの前でも、アルと再会できて(――そもそもカズトなんかは一度離れ離れになったことすら知らないのでは?)子どももいますーなんて言った覚えは全くない。
こん、と固いものに小突かれた額の先に、どこから持ってきたのか缶コーヒーが見える。

「わたしコーヒー砂糖ないと飲めない……あと、いつ、言ったっけ。言った覚え、ないけど」
「あっそ、じゃあいいわ……、……母親の顔してっからよ」

缶コーヒーはブラックだったらしい。引っ込んでいくそれを目線で追いかけると、群青色と視線が交錯する。

「……わたしが?」
「ん。そーいうこと……で、どうなのさ」

彼には本当に世話になったし、良くしてもらった。思い返すとだいぶ胃が痛いというか地面に頭を擦り付ける勢いで土下座したくなるのだけど、今はそれは置いておいて。
かつて彼に言ったことがあるのは、目の前のフェデルタ・アートルムという男を、自分にほとんど覚えのない、父親のように見ることがある、だったか。曰くそれは彼を、自分のごたごたに巻き込む切欠とすら。
――自分の父は、あのあと、どうしたのだろう。いや、どうなったのだろう。

「ふふ、元気よー。ふたりいるの」
「へえ……」
「双子なんだけどね、男の子の方がタカネで、女の子の方が――」
「アルシノエ、だったか」

本の世界を抜けたのちに、勇者と狩人は二人の子どもを授かった。大人しい薄緑の髪の男の子がタカネ。元気いっぱいの青い髪の女の子がアルシノエ。
何故知っているんだ、という顔を見せたのも束の間で、はたと思い出す。ついこないだ、アルシノエが勝手に自分の本を開いて、あの中に飛び込んだことを。その中で勝手にあちこち大冒険したり、過去の自分たちと会ったりだのなんだのしていたらしいことを、彼女は誇らしげに語っていた。言ってた気がする。あかいおじさんにたすけてもらったのよ!なんて。

「そう、だけど」
「本の中で1回会ったよ。勇者様の方に似て青い髪したガキだろ」
「それ、今のわたしからすると、ほんとに最近のことなのよ」

缶コーヒーの開く音がした。

「ほんとについこないだシノがいなくなって、連れ帰ってきたところ」
「……まあ、過去のお前らがちゃんと世話してただろうから」
「それは本人も言ってたわ」

ふ、と一息おいて、それから今度は自分がメルンテーゼにいる話をする。ネクターに満ちているころのメルンテーゼ。恐らくは過去のメルンテーゼに自分たちは暮らしている。それを伝えると、フェデルタはさして驚きもせずに、コートのポケットからタバコを取り出す。

「だからお前なのかもな」
「うえ?」
「本の中にいたころのお前じゃなくて、新しく生活してるお前ってこと……メルンテーゼにいるから、呼ばれたんじゃねえのって」

独特の臭いを漂わせる紫煙がゆらゆら揺れて空気に溶けて、それすらもどこか懐かしい香りになる。
ゆうらり、ゆらゆら、コーヒーのにおいとタバコのにおい。

「うん、それは、そうかもね、――おかしかったころのわたしじゃなくて、良かったかな」
「……あのあとちゃんと会えたってんなら、良かったよ。にしても、カズトよくやったなあ」
「何がね」

きがくるった頃の話。彼がどこかに行ってしまってどうにかなりそうだった、というかなってしまった話。
それすらも、そんなこともあったね、と済ませられるのは。ひとえに目の前の男のおかげなのだ。

「子持ちの人妻を大衆の前で脱がすかって」
「……。……身体は……本の中の時のだから……えっと22のわたしだから……セーフ……いやセーフじゃない……カズトころす……」

視線がつうと逸れて、どこかに行った。誤魔化すように紫煙を吐き出した姿を見て、まさか、と思う。そして思い出す。
あいつ、これ俺じゃなくてフェデルタの案なの!って言ってなかったっけ。それがどこまで掛かるのかによっては、今すぐにこの男を処さなければならない。むしろ旦那をここに呼びたい。

「おじさん」
「……ハイなんでしょう」
「脱ぐのって誰の案」

刺すような鋭い視線に、男が観念したように声をあげた。

「……お前さんざん脱いでた……ッつーか破いてたから大丈夫だと思って……」
「いつか殺す」

勘弁してくれ、と呻くような声を落として、フェデルタがひとつふたつ、ため息をつく。
さっきも言ったけれど、このひとがいなかったら自分は、もしかしたら、彼と再び会うことも叶わなかっただろうから。

「……まあ、なんか、お祭りみたいな感じだったし、許さないこともない、けど、……それより、ありがとう、フェデルタさん」
「なんだよったく……もう散々言われたから、今更いいよ」
「何度言ったって足りないくらい」

次に会える日は来るのだろうか。もう、自分たちは、子どもができたのを切欠に、メルンテーゼに定住を決めたから、どこかに行ったりするようなことはまずない。
彼はどうするのだろう。どうしているのだろう。どうあったとして、きっとこれが――

「またね、フェデルタさん」
「おう」
「今度はわたしたちのとこにも遊びに来てよ、歓迎するから」
「……覚えとくよ」

そう、だとは信じないことにしている。仮にそうだったとしても。
またいつか、どこかで。何があるかはわからないから。

「元気でな、ユーエ」


「ユーエ」


「ユーエ、」


「ユーエ!!」

はっとする。目を開ける。
心配そうに見つめてくる瞳は1対の青。

「う、うえ」
「よかった、起きた……心配したんだぞ」

見上げていた青空は見慣れた天井に変わっていて、ああ、自宅だ、自分らの部屋だ、というのを意識するのに少しばかり時間を要した。
ついさっきまで話していたはずの赤いコートの男はどこにもいない。代わりに誰より愛しい人がいる。

「……んえ、アル、わたしどうしてたの」
「外に遊びに行ったろ、それで草原で転がって寝てたんだと思うんだけど、どれだけ声掛けても突付いても全然起きないから……」
「ん、うん、ごめん、ごめんね?」
「飯の時間だって起こしに行っても起きないし本当に心配したんだからな」

窓から見える外は暗い。
口振りからして、1日以上寝てたわけではないと思うのだけれど。ベッドの上で身を起こして、彼の首にゆるりと手を回す。

「あのね」
「何だ?」
「素敵な夢を見てたの」

かつて本の中で会った人たちと、また一緒に戦う夢。それも、未来のメルンテーゼで。
そう囁けば、彼は驚いたような顔をしたし、それからベッドに腰掛けて微笑む。

「聞かせてくれよ、いろいろ。ユーエの活躍とかさ」
「わたしはだめよ、ぜーんぜんだあめ……けどね、カズトとか、フェデルタさんがね……」

夜が更けていく。
メルンテーゼのとある森の奥、勇者が築いた小さな村の、何にも邪魔されない平和な夜が、更けていく。

第49回更新
物ドール Lv.30/物シルフ Lv.25/物ケットシー Lv.25/物コルヌ Lv.42/物パロロコン Lv.20/物フラウ Lv.25/物ヘカトンケイルLv.11/物オロチLv.1
CLV 4594
MHP 11860/STR 654 /INT 215
MSP 1035 /VIT 294 /MND 291
PSP 83 /TEC 1029/AGI 847