一揆参戦14日目

ひとしきり説明を終えたノカはパライバを目の前に座らせると(と言っても彼の体型的に、単に蛇が鎌首をもたげたような体勢になってしまったが)ムトラとヘリオドールもその隣に座らせる。
淀んでいたと思っていた黒の瞳は、いつの間にかきらきらと神秘的な色を抱えていた。

「エオクローナ、なあ」

世界樹の葉。世界の欠片。――そのなりそこない。
思ったよりもなんだか規模が大きく壮大ないきものらしいことは分かった。けれどなら、どうして自分はその「なりそこない」で、どうして生み出されたのか、疑問は尽きない。

「ぼくはゲノムに異常がある個体だって聞いてたんだ、先生から」
「……まあそれは外見の欠損からして間違いはなさそうだが、実際俺達のそれを読んだことのあるやつなんか、エーオシャフトの根ならともかく、葉にはいないはずだ」

聞いたと思っていた言葉も、間違いなのだろうか。

「じゃあぼくは何なんだ」
「だからこそ辿るんだ。お前を経由して咲良乃スズヒコだかにたどり着くのは動作もないし、そもお前をどうこうした人にたどり着くのも容易だ。俺はそういうご都合主義のいきものだから」

一呼吸。
それからノカの長い尾の中から毛束がちょうど一束伸びてきて、パライバの頭に触れる。
軽く突かれたような、それから響くような、まるで鐘の音を全身に浴びているみたいな、

「あくまで、君たちは受け手だ。記憶と言う文章あるいは映像あるいは絵でも、なんでも、どれだけ君たちが騒いだところで覆らないし、何より省かれる」

声が遠い。目の前にいたはずの大犬の姿が、ヒトガタに見えたり、そもそも見えなくなったりする。

「導くは名無しのノカ・オートロイス」

「エーオシャフトのもとに廻れ」



暗転。
それから、一気に開ける視界は、どこかくすんだ色の世界。









――


その日男は帰るなり、荷物も上着も放り出して妻を抱きしめて言った。

『リラー!!シエンティカに帰れるぞー!!』
『……えっ、え?ほんと?』
『ほんとほんとー……』

互いの薄い色素の髪が触れ合って揺れて、交差する瞳はそれに似合わずはっきりとした青と藍。大声に眠そうな目をこすりこすり起きてきた上の娘を抱きかかえながら、スズヒコは続ける。

『ネイトリエはどうしてもな、技術じゃ向こうに負けちまうから……』
『向こうのほうがずっといい研究できるものね』
『リラももう身体は大丈夫だろう?だからもうみんなで向こうに移っていいと思うんだよな』

お揃いの髪の色、お揃いの眼の色の娘が笑う。寝ぐせをあっちこっちに散らした髪を優しく撫でて、そのまま寝室に宅配だ。

『ぱぱーおかえりなさいー』
『はーいただいまー。アルムはもう寝なさーい』

スズヒコとリラには二人の娘がいる。
上のお姉ちゃんのアルム、小柄ではあるけれど元気いっぱいで遊びまわるのが大好き、男の子と喧嘩して泣かせただのなんだので、家にやたらと厄介事を持ち込んでは来るけれど、見知らぬことへの興味とか探究心は現役研究者のスズヒコも唸るレベルだ。
下の妹のユーエ、姉と比べてずいぶんおとなしく、暇さえあれば勝手にスズヒコの部屋から図鑑を持ちだして眺めているような子で、ちょっと身体が弱いのが心配なところ。

『……それで、要は、こういうこと』

アルムを寝かしつけてから、まだちょっと興奮冷めやらぬ様子のスズヒコは、まくし立てるようにリラに経緯を語った。
今いる研究所と、科学の国シエンティカの研究所で共同研究の話が持ち上がって、それで向こうの国の研究所に派遣されるメンバーのひとりにスズヒコが選抜されたのだ。スズヒコたちが今住んでいる国、自然の国ネイトリエは、そう呼ばれるとおりに自然豊かな国で、スズヒコの生まれた国でもある。一方で行き先の科学の国シエンティカは、リラの故郷だ。

『いきなりどうしたのかと思った』
『いや、仕事場が向こうになるんだから、いずれ向こうにみんなで住んでもいいなと思って……、リラももう喘息平気だろうしさあ』
『それもそうね』

ただ、と言葉を切る。
藍色の瞳が伏せられて、零れた言葉は心配の色。

『ユーエが向こうで大丈夫か心配だわ』
『んーああ、ユーエ……喘息かもしんないんだっけ』
『まだ分からないけど、私もそうだったから少し心配なの』

シエンティカは科学の国。それはすなわち技術の国であり、工業の国。自然は切って捨てられかけており、お世辞にも(生物学的に見た時に)よい環境だとは言えなかった。
それはあくまでリラが子供の頃や、スズヒコが学生をしていた頃の話だった。今はどうなのか知らないが、それを思うと、身体の弱いユーエが大丈夫なのかは、気になるところだった。

『……んー、……俺だけ行く?でも別にいいんだけど、子どもたちには、向こうで勉強してもらいたいんだ』

シエンティカは科学の国。それはすなわち勉学の国であり、スズヒコがシエンティカに単身留学したのも、(地元で周りとそりが合わなかったのもあったけれど)シエンティカ出身だという先生に話を聞いて強く憧れたところが大きい。実際学びの場としてはとてもよかったし、だからこそ子どもたちにも、と考えるのは必然だった。

『それだったら先にアルムだけでも連れて行ったら?ユーエが学校にいく頃になったら私達も行く、でいいじゃない』
『けど』
『私なら心配いらないよ。あとはアルムがなんて言うか』

お父さんと一緒はやだ!!って言われたら諦めなさいよ、と実に深々と釘を差されて、スズヒコは肩をすくめた。
一時的にとはいえ家族をばらばらにするのが心配でたまらなかったのだけれど。

『……じゃあ、あとの決定はアルムにお任せしますかー……俺ひとりでも大丈夫なように準備しておきます』
『懸命な判断だと思う』
『リラちょっと俺に対してひどくない?』

触れる程度のキスをひとつ、ふたつ。
幸せな家族の夜がゆるりと過ぎて行く。


――


『ユーエ!!写真撮るって言ったじゃないさっきああもう!!』
『ちょうちょが……ちょうちょ……』

トントン拍子でスズヒコのシエンティカ行きの話は進み、結局アルムもスズヒコについていくことになり(彼の危惧していたお父さんと一緒はやだー!!はなかった)、家族写真を撮っておこうと言う話になった。
よそいきの服を着たがったアルムに合わせてユーエもそうしたら、その格好のまま外で蝶を追い回され挙句転んで服を汚されたところだ。せめて撮ってからにしろ。

『ねえパパ!おしゃしんとってどうするの?』
『パパとアルムで先にお引越しするだろう、ママとユーエはあとから来るから、それまでの代わりに持っておくんだよ』

結局普段着に着替えさせられたユーエを抱き上げてリラの隣に並ぶ。ツインテールを揺らして母のもとに小走りで行くアルムが、満面の笑顔を浮かべていた。

『んじゃーよろしく頼むよ』
『はいーすじゃあ二枚撮ります』

カメラを持っていた職場の後輩に必死こいて頼み込んで撮ってもらった家族写真、母に肩を持たれているのは姉。父に抱き上げられているのは妹。


――


『アルムは、ユーエにはまけないわ!わたしがいちばんすごいもの!』
『アルムは頑張り屋さんだねえ、ユーエもがんばるんだよ』

そう言って胸を張る姉と、その手を引く父。母は自分の手をつないだまま穏やかな笑顔で手を振るだけ。
離れていく。

『ユーエにたくさんおしえてあげる!!だからはやくおいで!!』
『アルムもお父さんに迷惑かけないでいい子にするのよー』
『できるよ!だってアルムいい子だもん!』

離れていく。
姉と父の背中が遠くに離れていく。

『……おとうさんとおねえちゃんは?どこいくの?』
『隣の国よ。あとでお母さんとユーエも、いっしょに行くからね。だいじょうぶよ』
『……うん』

じっと見ていた。
離れていく父と姉の姿を、その背中をじいっと見ていた。


――


うそつき。
いっしょに行くからねって言ったのに。うそつき!!


――


どうして来ないの、
……あとから来るって、言ってたのに、……ひどいよ、こんなの……


――

第45回更新
物ドール Lv.30/物シルフ Lv.25/物ケットシー Lv.25/物コルヌ Lv.40/物パロロコン Lv.20/物フラウ Lv.1
CLV 4019
MHP 10179/STR 570/INT 200
MSP 894 /VIT 238/MND 274
PSP 70 /TEC 804/AGI 677