一揆参戦13日目

どこを視ているのかわからない瞳が露骨に嫌悪の色を浮かべて、それから言葉で言っても無駄だろうとの理解をしたのか、先に仕掛けてきたのはパライバトルマリンのほうだった。
放つは電撃。尾の器官で即時に発生させられた稲光が、白い生き物の足元を穿つ。

「別に牽制なんてしなくたっていいんだぜ」
「うるさいな。のっけから切り札切ってく馬鹿もいないだろ」

飛び退った氷長石は特に臆する様子もなく、その右手に冷気を集めたかと思えば、巨大な氷の槍を作り出す。
に、と笑んだ顔は、どこまでも透明で邪気も何もない、それが故に不気味だった。

「……ムトラ、下がって」
「パラくん」

伸びて広げられた触手が空中に揺れる。

「平気。それに、ムトラに助けてもらってばっかりなのは嫌だ」
「……うん、分かった、分かったけど、危なくなったら、そのときは」
「……」

沈黙は肯定。巨大な氷の槍と向かい合って、パライバは寒気を覚えた。
恐怖の類ではない、もともとそういうものはほとんど覚えない。だからつまり、

「ああ、あんまりちんたらしてるとそのうち凍え死ぬと思う」

などとあっけらかんと言ってのける白いののしわざだ!

「上等だてめえ、馬鹿になってやるよ!」

爆ぜる雷撃の音が互いの聴覚を刺激して、それから次に閃光が網膜を焼いた。


――たぐり寄せるのはある狩人の記憶。
   差し伸べられた手を跳ね除け続けた彼女が、ある日突然本の世界に迷い込んで、そこで初めて他人の手をとった。

   赤いヘアバンド。
   鮫のぬいぐるみ。
   本を持ったうさぎ。
   霧が歌う。

   奔るのは青。薄緑は常に青を追いかける。それくらい大きな存在に成った、青い勇者。
   誰も止められない、誰も止めようとしなかった。ずっと続くと思っていたから、ふたりは幸せなキスをしておしまい、

   だとしたら、よかったのに、

   誰も彼女は責められない、ありとあらゆる事案が、彼女の本質が、あの場所の何もかが、偶然導いただけのそれ。
   彼女は変質した。過去に固執することもなく、未来に心を寄せて、

――『どうして』



閃光に焼かれた目が本来の機能を取り戻したそのとき、レイトリーデの眼前にはすでにパライバ『だったもの』が迫る。
赤い柄の剣を振りかざした一人の女性が、その剣をレイトリーデに突き立てる。

「――ッあ?」

痛みはない。むしろ傷すらついていない。代わりに急激にその力が奪われるような、縛られるような感覚。足が重くなる。氷槍はもはやなんの意味もなさない、そう判断して投げ捨てて砕いたそれすらも、ダメージソースには成り得ない。
何をした、と睨み見る間もなく、次の手が迫る。

「メルンテーゼでも十分本の中の技能は使えるんだな、ちんたらしてると凍え死ぬんだろ?」

だったら手数で攻めるまでだ、そう言う女の姿のパライバはやたらと素早かった。叩きつける旋風のような剣閃はじわじわと鋭さを増す。
どれだけ剣閃に甚振られようが平然と立ってそれを受け続けるレイトリーデを見ていたノカが、はたと気づく。
――これはただの模倣だ。彼の本質ではない。

「レイトリーデ。気にするな、其れの本質を知るのが目的だ。――ぶち抜け」
「ふん」

女をひと睨みする、それだけで十分だった。
駆け抜ける冷気が地面から無数の氷柱を生やし、女を狙撃する。ごくわずかに掠めて切れた女の頬から、こぼれ落ちるのは人間の血液ではなく、青緑の光。

「――分かったぞパライバトルマリン、お前はエオクローナの外っ面だけ借りた、中身のない、ただの入れ物なんだな」

穴が開けば溢れる。
使えば使った分継ぎ足す必要がある。

「自前の力なんてろくにないんだろう」

再びレイトリーデの右手に集った冷気が氷槍を産む。避けるつもりでいるのか、女の形のパライバは、とくに動こうとはしない。

「だからやるよ、――避けんなって?」

レイトリーデの巨体が、見合わぬスピードで女に漸近した。
突き立つ氷槍、

「パラくん!!」

叫び声。
掻き消えたのは女の姿と、突き立ったはずの氷槍だった。



――――



「――そこらじゅうから力を掻き集めてそれを少しずつ使っているのか、あるいは変換?どちらにしろ俺たちには該当するものがいない。……悪いなパライバトルマリン。知るカッコ物理カッコ閉じで」
「それカッコわざわざ言う必要あんの?」

時空の精霊の刺すような視線が痛い。
解析するに十分量のデータは得られたとして途中で戦いをやめさせたレイトリーデはすっかり拗ねてしまったし(腹いせで川を凍らせてモンスターとわちゃわちゃやっているようなので放っておいた)、パライバトルマリンとずいぶん親しげにしている時空の精霊だというどう見ても少女には冷たい視線を向けられている。無理もない。でもちょっと辛い。

「では改めて。俺は名無しのノカ・オートロイス、あっちは氷長石のレイトリーデ・レーヴァンクルス」
「パライバトルマリンだ。こっちはムトラ」

敵意がないのを示すために深々と頭を下げれば、顰めっ面はある程度緩和された。

「俺達の目的は緑柱石ヘリオドールだったんだが、そこにちょうどよくお前がいるというから、ついでに。俺たちと同じようなものでありながら把握していないというのはどうにも落ち着かないので」
「……僕はお前の居場所がわかるが、こいつらには分からないと言うから、私が案内した。それだけ」

声こそ申し訳無さそうなそれであれど、ヘリオドールの態度はまったくもって普段のそれそのものだった。
溜息一つこぼしたパライバトルマリンは、改めてノカの方を見て、問う。

「俺たちと同じようなものって言うけれど、ぼくは自分のことがてんで欠片も分からない。ぼくはよっぽど先生とその娘たちのことのほうを自分のことより知っているから、ぼくからなにか聞き出そうったって、なにも出てこないよ」

それは厄介を突き放そうとなのか、それともこれ以上の問いかけを拒むためなのか、自分でもよくわからなかった。
もしかしたら旅の目的とも言える自分のルーツ、それが目の前にあるかもしれないのは、そうなんだけど。世の中には知らなくていいこともきっとあって、それがそうなんじゃないのかとどこかで怯えている。それは例えばすぐそばにいる時空の精霊とか、先生の娘たちとかに嫌われるんじゃないかというそれ。

「それは、想定の範囲内だ」

ノカの目は、そんなパライバの深淵を見通すように澄んでいる。

「だから提案する。君の持っている知識と俺達のそれをトレードしないか、――というのもだ。俺は君の生い立ちにも興味があるからだ。何故君のような存在が生まれてきたのか、それはエーオシャフトのこれからにも関わる可能性がある。故に見過ごせない」
「……なんかよくわかんないけどぼくの知ってることを話せっていうの?」
「話す?言語を通すことによる歪みは排除したい。そうだ、だから……覗かせてもらえばいい。記憶を」

ノカが名無したる所以でもある与えられた能力は、ありとあらゆる記憶を覗き込み、取捨選択し、保持することだと言う。それはたとえ本人が思い出せないほどのことであっても確実に掘り下げて、呼び戻す力。
黎明の世界樹エーオシャフトに生まれた住人でさえあれば、そのひとと関わりさえあればどこまでだって辿っていけるひとりのチート。

「……覗く」
「君にも利はあると思うよ。正しく思い出せていないことはいくらでもあるだろうし、忘れていたことだってあるだろうさ」

それは甘い言葉。だからこそ尻込みする。

「パライバトルマリン!僕からも頼みがある、……お前は、咲良乃スズヒコのことを知っているといったな」
「知ってるどころか飼われてたよ」
「だからだ、……もう死んだんだろう、……ならせめてどうしていたかくらい、僕には知る権利がある」

黙るパライバに、ノカはさらに条件を提示する。

「こちらから先に知ること全てを出そう。それは俺たちの種族についてだ。それでも嫌だというなら無理強いはしないつもりでいるが、それでどうだ」
「……ノカの話は聞く価値はありそうだから、乗ってやるよ」

思えば自分探しの旅なんてカッコつけて来てはいたけれど、いざ目の前にして尻込みしてしまうのは、それはそれで自分が気に食わなかった。
確か先生は、――先生は、……

「(先生はどうして死んだんだ)」

思えば記憶は怪しい。
怪しいことを自覚してしまえば、踏み込みたくて仕方がなくなってしまった。

第44回更新
物ドール Lv.30/物シルフ Lv.25/物ケットシー Lv.25/物コルヌ Lv.37/物パロロコン Lv.14
CLV 3961
MHP 9468/STR 520/INT 192
MSP 829 /VIT 220/MND 248
PSP 63 /TEC 727/AGI 595