一揆参戦12日目

後悔していない、と言ったら、嘘になる。知らないほうが良かったのかもしれない。けれどどこか、他人事のようであった。
リティーシャ・ニーベルは、もういない。それがかつての自分だったとしても、確定的に他人だと、そう感じていた。
かわいそうなリティーシャ・ニーベル、なぜ彼女は、変革を望み、そしてそれが受け入れられたのか。……受け入れられた?

「いま、確かに、他人事だと思っているだろう?」

冷徹な声がする。ノカだ。

「実際そうだから俺は何も言わないが、ひとつだけ言っておこう」
「今度はなんだって言うの」

見下ろしてくる瞳は、何も感じていないような淀んだ色。
未だ輝きを失わぬまま睨み返した金色の瞳が、目をそらしたくなるような。

「君のあらゆる全てを作ったのはリティーシャ・ニーベルだ」

外見。能力。性格。立ち振る舞い。
ヘリオドールを構成する要素はすべてが、リティーシャ・ニーベルによるもの。彼女の理想とした、彼女がなりたかった、彼女が憧れたもの。別物ではなく、決して逃れられないもの。切ろうとしても切り離せないもの。
そう言われたところで欠片も実感は沸かないし、リティーシャ・ニーベルについても、かわいそうだと言う以外の感想を持てない。それくらいドライな思考が、彼女が望んでいたものなのか?

「君はもうずっと、リティーシャ・ニーベルを背負って行くしかない。ひとつアドバイスをあげよう……、踏み込まないほうが幸せだよ」
「……ノカ・オートロイス、お前は」
「さあな」

すべての残渣を飲み込んで、すっと立ち上がったノカの後ろ、レイトリーデが去ろうとする彼を制する。耳打ち、それから思い出したような顔。
まだ何かあるのか、ぶしつけな警戒の視線にも怯まずに口を開いたのは、かつて彼女を導いた白い方だった。

「緑柱石。お前がすぐにでも殺さなければいけないと思った、電気石とやらはどこにいる?」

氷長石が嗤う。
もしや彼らはパライバトルマリンを捕捉できないのか、だとしたらなぜ自分は捕捉することができたのか。それも個体差なのかそれとも何か別の要因なのか、ヘリオドールには判断しかねる。ただ、嫌な予感だけは、確実にあった。

「何をするつもり?」
「お前が感じたとおりにそれがエーオシャフトに害を成すようなら、殺さなければならないからな?会ってみないとわからないけどな」
「……殺すかどうかはさておき、君が反応したのであればエーオシャフトの葉の一で間違いないんだが……それを俺たちが検出できないのはどうにもおかしい。害を成す成さないにしろ、一度会わねば何も始めることはできない。……いいね?ヘリオドール」

断る理由も断れる理由も見つけられずに、ヘリオドールは頷くしかなかった。
そも何故、自分がさんざ殺そうとしていたくせに、いざ他人からの脅威に晒されかねないとあって、危惧するようなことがあるのか……

「……案内するのはいいけど、あれは貴方達でも殺せないと思う」

電気石に纏わりついている時空がそれを許さないはずだ。
ついてこい、と言わんばかりに踵を返せば、後ろから二人がついてくる。


「っぶえっくし!!」
「なにーパラくん風邪ー??あたしにうつさないでねー」
「うるせえなぼくは病気とかしたことねえよ」

きらきら澄んだ水の輝く小川、その畔をのんびりと歩く。
長閑な空気の中、とても一揆なるいわゆる反逆が行われているとは思えず、参加者はなにを以ってして戦う理由としているのだろう、余所者には分からない。

「馬鹿は風邪ひかないっていうじゃん」
「あれは馬鹿は風邪ひいたことに気づいてないってことだよあとさりげなくぼくを馬鹿にすんな」

水面に揺蕩う鏡写しの自身の姿を眺めながら、パライバトルマリンは毒づいた。この時空の精霊は相変わらずすぎる。楽しいけれど。悪くはないけど。頼りにしてるけど。
ゆらゆら揺れる奇っ怪な姿の隣に、少女の顔が写り込んでくる。

「……なに?」
「んふふー」

パラくんはほんと不思議な見た目してるよね、と、ムトラは言う。そんな分かりきっていることを今更、返す言葉は特になかった。

「あたしは好きだよ」
「……はあ?」

待てよ、と伸ばした触手は空を切って、遥か上空に、けらけらと笑う少女の姿がある。スカートの中身が危ない。何とは言わないがだいぶ危ない。
そう声をかけていいものか迷っているうち、上空から更に声が降る。

「パラくんのこと好きだよ!だって触ってて気持ちいいもん!」
「あーはいそうですかそうですね!!それはよかったですね!!」

悪くはない。嫌いじゃない。嫌いか好きかって言われたら好きだ(当然だけどLikeの意味で)。けどそれを素直に言う気にはなれない。どうせ向こうだってそれは分かってるんだろう、だからこうやってぎゃんぎゃん吠えているのが自分にはお似合いなのだ。
自分が飛べることもしばらく忘れてそうやって吠えてから、ふと気づく。触角が感じ取るのはちょっと前に襲ってきた気配、それと、知らない気配がふたつ。ヘリオドールによく似ていた。

「……ムトラ?降りてきた方がいい。あとパンツ見えてんぞ」
「!! や、やだーもう、パラくんのえっちー!!」
「見せてんのはそっちだふざけんな死ね!!」

白だった。たぶんなんかワンポイントとかついてるやつだ。という予測は過去のデータの蓄積に依る。今更スカートを押さえながらムッとした顔で言われても、見えたものは仕方がない。赤い顔は可愛いと思う。言ったところで誰も得をしなさそうなので言わないけど。
それはさておいて、感じ取った気配みっつ、ひとつはヘリオドール、もうふたつは知らない気配。ヘリオドールに似た気配は、なんとなくの直感ではあったけれど、ヘリオドールより高位のもののように感じられた。
彼らに序列があるのか知らないが。要はヘリオドールよりなんとなく強そうな、……それがふたつ?

「やだな何か」
「パラくん?どうしたのー」

降りてきたムトラが、ゆるりとパライバの首に手を回してくる。人肌(精霊肌とでも言うべきなのだろうか)の熱がじんわり伝わってくる、このまま何も起こらず平和であればいいのに。そしてその思いは欠片も叶わないことは分かっている。

「……なあムトラ、ぼくのこと好きって言ったよな、ぼくが、……だああなんかやだ!やめた!なんでもない!!」
「えーなにー!?何なのよー気になるじゃんー」

ラブコメじみたことをやっている暇はない、迫りくるのは暴力的な力。予測される効果範囲が自分たちに何ら影響のないことを察せば、何かするまでもなく、ただそこにいるだけだ。
それくらいの余裕は今までで手に入れてきたのだから。

「お話の続きが聞きたいなら後にしてほしいな、なあにすぐ戻るさ」
「パラくんそれじゃ死んじゃうよ……」
「冗談だって」

薙ぐ様な力の波動はあくまでも威嚇にすぎなかったのか、眺めていた川辺の表面に薄氷を張る。
出処を見上げた先に見える、白い大きないきものと、深緑の毛並みの四足の獣、――それとヘリオドール。

「ずいぶんと豪勢な御出座しじゃないかヘリオドールさん。そんなお土産は頼んだ覚え無いんだけど」
「……僕に聞かないでもらえる?」

ふたつの見下ろしてくる視線がいやにずけずけと刺さって居心地が悪い。興味関心の色の視線とまるでなんにも興味が無いような冷たい視線のふたつが同時に存在して実に気持ち悪かった。彼らは、何が、したいんだ。

「……知り合い?」
「知り合いに見える?」
「どこからどう見ても。開幕一撃ぶん殴ってくるところとか最高にそっくりじゃん、自分のやったこと棚に上げてんの?」

よく回る口は閉じないままに、白い大きないきものと四足の獣に改めて目を遣る。白いほうがにやりと笑んで、それに対して興味もなさそうに、四足の獣は地に降りた。
上から見下ろす白いいきものの威圧的な声。

「お前がパライバトルマリンか」
「そうだよ。お前らなんなのいきなり」

特に態度を崩さないパライバの様子を見、白いいきものと四足の獣が顔を見合わせる。面白そうに笑ったのは白い方で、先程から興味関心の色を向けているのもこいつなのだ。

「……面白いやあ、明らかにエオクローナだってのに僕たちを前にその態度か。あと何よりお前の存在が最高級に気持ち悪い」
「ヘリオドールにも同じこと言われたんだけどマジでなんなの、自覚はあるけどいきなり他のやつ見て気持ち悪いっていうの最高にどうかしてる」

まるでなんにも興味のないような色は分析の視線、というのにふと気づく。先ほどからパライバトルマリンの一挙一動から決して目を離さない四足の獣は、ごく一瞬白い方を一瞥すると、静かに小さく頷いた。
それを合図にして白いのが広げた、身体に見合わない小さな翼が、氷柱が伸びるのを早回しで見ているかのように氷に覆われて伸びていく。

「氷長石アデュラリアの相手をしてもらおうか、電気石パライバトルマリン。――なに、殺しはしない、ただちょっと、知りたいだけだ」

第43回更新
物ドール Lv.30/物シルフ Lv.25/物ケットシー Lv.25/物コルヌ Lv.37/物パロロコン Lv.5
CLV 3790
MHP 9079/STR 511/INT 190
MSP 793 /VIT 206/MND 227
PSP 60 /TEC 700/AGI 564