一揆参戦1日目

それは昔のこと、ヘリオドールを拾った小さな女の子は、それは大層それのことをかわいがって、毎日を過ごしていた。ヘリオドールもヘリオドールで、悪い気はしなかったし、毎日退屈に適当にあっちこっちふらふらするだけの一日より、彼女と一緒にどうこうしているほうが、よっぽど楽しかったから、それはその定めを受け入れたのだ。
そもそも、何故彼女がヘリオドールのような得体のしれない生物のようなものを拾う気になったのかから始まるのだが、彼女は変わっていたように思う。なんか変な生き物を自称するヘリオドールから見ても変なのだから、それはそれはまあ、人間の世界で見てみれば……というわけである。リラはそんなに友達が多いわけではなかったけれど、ヘリオドールはよく彼女の友達の前に出されてはもみくちゃにされていた。小さい子供にとって、おとなしくて撫で甲斐のある生き物は格好の餌食のようなものだ。そうして彼女――リラ・アスターと、毎日を過ごして、リラが大きくなっていくさまをずっとこの目に焼き付けてきたのだ。
そのうちヘリオドールもアスター姓を名乗るようになった。リラは何も言わなかったけれど、それはもう当たり前だったからなのかもしれないし、それとも別の何かがあったのかもしれない。
とにかくヘリオドールは、毎日リラと一緒に過ごしてきた、のだけれど。

そこにひとり、男がやってくるようになる。

リラはいつもその男の話をするときは、ニコニコ笑って話をする。男の名前は咲良乃スズヒコ、別の国から留学してきた頭のいい男で、明るくて気さくでいつも賑やかな輪の中心にいる、きらきら輝いているひと、リラはそう説明してくれた。リラが話をするたびいつも嬉しそうにするから、ヘリオドールは悪い気はしなくて、リラは身体が弱かったから、多くない友達とあまり会う機会もなく、話し相手も自分しかいない、それはヘリオドール自身がとてもよく分かっていた。よく体調を崩すからろくに学校にも行けなくて、そのたびいつも友達がノートを届けに来たりしてくれる。調子が良ければリラも応対できるのだけど、寝込んでいるときは大抵ヘリオドールがそれに替わった。よくできたペットだね、なんて彼女の親から褒められるけれど、最初拾ってきたときに猛反対したのは、ずっと忘れない。父親は特に過保護とかいうやつみたいで、得体のしれない生き物を大事な一人娘に近づけるなんて、とか思っていたようだけど、それがたぶん正しい反応だと思う。リラがおかしい。
そう、それでその、リラが学校を休んだ時にノートやらなにやらを届けに来る担当が、よく来ていた女の子から、ある日スズヒコに変わったのだ。初めは偶然、いつもの子も風邪を引いて休んでいたから、だったからだと記憶しているけれど、それからずっと、スズヒコか、スズヒコとその子が来るようになった。薄緑の髪の毛は珍しくて、その色はすぐ覚えた。リラも銀色の髪で珍しいと思っていたけど、薄い色同士、なんだかお似合いだなあ、とぼんやりと眺めていた。
リラが知らない世界の話をスズヒコはたくさん持ってくるし、なによりスズヒコは明るい性格で話し方もとても上手だったから、リラが彼の世界に引き込まれていくのはほんとうにあっという間だった。ヘリオドール自身にもその世界はとても魅力的に映った。彼の故郷の国の話。この国と違って、彼の故郷は自然が豊かで、悪く言えば科学的に発展途上で、この国とはまるで逆。創世神話の、ふたつの世界がくっついてこの世界が生まれたんだ、というのもあながち嘘ではないような、そんな話。
その話に引き込まれたのか、それともスズヒコ自身に惹きつけられたのか、それはもちろんリラしか知らないし、彼女も分かってないのだろうけど、リラはヘリオドールに言ってきた。

私、きっとあのひとのことが好きなんだ、と。

ヘリオドールにそれを応援しない理由はなかった(スズヒコと何度も会って、彼が悪いひとでないことは分かっていたし、ヘリオドールにはあまり彼女を護ろうとかいう使命感みたいなものはなかったから、つまりはどうでもよかったともいうのだけど)。リラは渋る、私は身体が弱いから、きっとスズヒコに迷惑をかけてしまうと思う。
ヘリオドールには、リラはいつも強気でいるイメージしかなかったから、そんな弱気な彼女を初めて見た時はそれはまあ大層驚いて、これが恋の病とかいうやつか、なんて彼女を煽ってみたりしたけれど、本当にそんな感じで、ぶつくさ言ってるリラを適当に慰めることしかヘリオドールにはできなかった。
そんなことをやっていたら今度は、スズヒコの方から、リラって彼氏とかいたりするのかい、なんて聞かれて面食らったのだけど。なんか腹が立ったので、曖昧に、好きな人はいるみたいだよ、とぼやかして言ってやったら、困ったというか、どこか諦めたような顔をしていたのが最高におもしろかった。お前のことなんだけど、なんて言ってやる優しさは、ヘリオドールにはなかった。
そうやって何ヶ月か互いに悶々として過ごしている二人を見ているのは、申し訳ないけど大変に面白くて、間近で人間を観察できる環境はなんて面白いんだろう!と心躍った。先に一歩踏み出したのはスズヒコの方で、恐る恐るリラに、キミ、好きなひと、いるらしいね、なんて聞いているのを彼女のベッドの下で聞いた時には吹き出すかと思ったけれど、そのあとリラが泣き出したものだから、スズヒコと一緒に慌てたのは記憶に新しい。
そうやってくっついた二人を、彼女の母親は歓迎したけれど、例によって過保護な父親がそれはまあご想像の通りで、その辺の話も思い出すと楽しいことこの上ないのだが、人間の片親(特に男性)が、内心では娘が手から離れていくことを喜びながら、行動ではテーブルをひっくり返す、という行動は、都市伝説でもなんでもなく存在していることを確かめられたのが一番面白かったことだ。男の親というのは面倒なものらしい。そのときリラはひどく怒っていたし、スズヒコは苦笑いを浮かべているだけだったけど。
そして彼女はアスター姓を捨てる。

『ヘリオ』

『ありがとう』

決めていたことがひとつある。
リラが誰か信頼できる人を見つけたら、その時が彼女から離れて行く時だ。

『またね』

それを彼女に伝えたら、彼女は驚くほど素直に受け入れてくれた。まるでそうなるのが分かっていたように、ただ穏やかな笑みを浮かべただけだった。
だから何のためらいもなく彼女から離れることが出来た。

リラは、自分のもとを離れていくヘリオドールに、ひとつお願いをする。

『いろんなところを見てきて、それをわたしたちに教えてほしいな』

リラの世界は狭かったから。

『だから、さよなら、なんて言わない。またわたしたちに会いに来て、ヘリオ』

断る理由はない。
リラは旅立つヘリオドールに、身体の大きさに合わせてマフラーを編んでくれた。スズヒコもミサンガを編んでくれた。そうやってリラとスズヒコと別れて、彼女の捨てたアスター姓を改めて、声高らかに名乗るようになってから、もう十何年経ったか、今頃リラとスズヒコにはもう子供もいるかもしれないし、そうしたらどっちに似ているのか、とか、考えると、ほんの少しだけ楽しい。もうそろそろ、リラとスズヒコに会うための旅に切り替えてもいいかもしれない。そんなことを思いながらふらふらしていたら、なんだかちょっと戦いの匂いのする、メルンテーゼに足を踏み入れていたのだ。
周りよりずっと遅いけれど、それでもなんだか面白そうだから、そんな適当な理由でだって、ヘリオドールがこの世界にとどまるのには十分すぎる。

(ここに飽きたら、探しに行ってみようかな)

今どこにいるのかも知らないかつての飼い主とその恋人を。



「リラ・アスター、もしくは咲良乃リラを知りませんか」



(彼女が旅をする理由は、実はとうの昔に失われていることを、知る由もなく)

第32回更新
物ドール Lv.19/物シルフ Lv.1
CLV 2763
MHP 3362/STR 86/INT 70
MSP 283 /VIT 70/MND 70
PSP 14 /TEC 144/AGI 89