抉った翅にもういちど

何よりもまず不甲斐なさが先行して、それから猛烈な怒りが襲ってきた。
待ち合わせの場所にいつまでたっても現れないから、手近な街の人間に薄緑の髪の女を見なかったか、と尋ねだしたのが数刻前で、びっくりするほとすぐに目撃証言が得られたのがついさっきで、いてもたってもいられなくなって、剣を抜いて走り出したのが今だ。
――嫌がる彼女の手を強引に引いて、そのままどこかに消えていった二人組の男がいたという。

「クソ……ッ!!」

後悔ばかりが募る。ひとりで歩かせるんじゃなかった、いくら彼女が一般女性よりか戦い慣れていると言ったところで、所詮はひとりの女性なのだ、どう頑張っても男には力で勝てない。
力でどうにも出来ないことを知っていたから、彼女は相手の急所に一撃ぶち込んで、という戦い方をしていたのだ。それは本の中でも顕著だったし、自分でそう言っていた。
何より心配なのは、他人に触れられるのを何よりも嫌がる彼女が、他人を怖がっていつも後ろをついてきていた彼女が、今一人で助けもなしにどうしているのか、――最悪、

「……ッ、……」

今は何も考えないことにした。早く見つけなければならない。
焦燥が胸を焼いて、それから最悪の展開ばかりが頭を過った。あんなことは、二度と繰り返してなるものか、
――護ると誓ったのに!!


「……ぐ、ぁ」

建物の壁に叩きつけられた頭ががんがん揺れて、焦点もあちらこちら定まらない。ただ自分の周りに男がひとり、ふたりいるのは見えて、それはついぞさっき自分の手を強引に引いてここまで連れてきた奴らで、
――わたしは、今、なにをされている?

「しぶといなこいつ」
「おいこいつ胸でかいぞォ」
「はっはぁーそりゃあ楽しみってやつだなぁ?ん?」

焦点が合わない目のまま、何を言っているのか分からない男たちを睨みつければ顎に手がかかった。――気持ち悪い、触るな、

「……ッ!……ぐ、ぅ!?」

振り払う余力は十分あった。振り払った直後、鈍い音と共に腹部に衝撃が走る。蹴られた、そう理解する間もなく、口から2人で食べた昼ご飯だったものが溢れて路地裏を汚す。おいしかったのに。
ふたりで?

「うっわ汚えんだけどー」
「ちょっとやり過ぎじゃないの?もうちょっと丁重に扱えよ、これからだぜ」
「逆らう方が悪いんだよ、穴さえ無事ならどうにでもなるだろ」
「それもそうだなァ」

声が増えている気がする。ようやく焦点が定まりだした目で状況をつかもうとすれば、男が、いち、に、さん、……よん、どこにも自分の愛しい人はいない。いたらそもそも、蹴られる前に相手の首が飛ぶか、それか、後ろから心臓を一突きだ、――つまり。
今なんか、どこの誰とも知らない男に囲まれて、挙句蹴られたり、とか、

「……ひ、っ」

恐怖に満ち満ちた声が勝手に口から漏れでて、それからまるでそれを合図にしたように、取り囲む男たちの口元が歪んだ。
ようやく自分の置かれている状況を理解したな?という、どす黒い笑み。お楽しみはこれからだ、という愉悦を大量に含んだ笑み。
自分を囲む何もかもがもはや怖い。これから何をされるかとか、そんなことはどうでもいい。早くここから逃げないと、逃げなければ、とにかく自分にとって全く良くない、――そう思ったところで、身体は全く動かず、恐怖に完全に支配されて、ただ口をぱくぱくさせるだけで、ろくに声すら出せない。

「よーしひん剥くぞ、押さえろ」
「……ッ!!やめろ、触るな!!」

三人がかりで押さえつけられ、着ていた服にすっとナイフの刃が走る。繊維が切られてまず胸元が顕になって、それから足と、それから腰回り。男にしかも三人がかりで押さえこまれては、どれだけ抵抗を試みようが、性差を見せつけられて終わるだけだった。一緒に選んだお気に入りの服だったのに、とか、そんなことがすっと頭をかすめて、それから目の前の現実に目が眩む。
今、どうして服を切られた?

「おっほほほーこれはいいおっぱい」
「ナイスおっぱい」

手が伸びてくる。
――やめろ気持ち悪い触るな、

「……や、っめ、」
「あーもうこれ俺我慢できない。とっととヤっちまおうぜ」

――え?

「面倒なことになる前にさっさとヤってとんずらすっか」
「それが一番いいだろ」

下着に手が掛かる。恐怖に引きつった顔が捉えたのは、歪んだ笑みだった。


そこから先は語るにも恐ろしい、一方的な陵辱だった。
会話の内容から察するに、どうやらこの辺を縄張りにするごろつきの集団に捕まったらしい。隙を見てこうして女を引きずり込んで、金目の物は奪い取って、犯して殺すなり放っておくなりするらしい。
汚い笑い声が幾重にも重なって降ってくる。何故かこうして犯されている今、頭はひどく冷静で、こうやって考えが回るくらいの余裕、というよりは諦め、それがあった。気づいたらまた自分を取り囲む男の数は増えているし、今自分に手をかけている男は確か二回目のはずだし、なんだかもう、どうしていいのか全く分からない、というのが一番、今の自分の状況を表すのに適している。
抵抗するのにも疲れたし、かといって許しを懇願するのも癪に障る。――こいつら、みんなまとめて死んでしまえばいいのに。
ずたずたに踏み躙られた心でもまだ、痛みと一方的な陵辱に耐えられたのは、ひとりじゃない、ただそれだけで、きっと彼は自分のことを助けに来てくれるから、という確かな自信だけで、ユーエの藍の目はまだ輝いている。

「こいつぁ見上げた根性だな、今までの女で一番しぶといんじゃねえか」
「へっへ、ヤりがいがあっていいでしょう」
「俺ァ女が許してくださいって泣くまでぶち犯してやらねえと気がすまねえからなァ、ハハハ!!いつまで楽しめるか見物だぜ」

誰がお前なんかに。そんな意味を込めて睨み上げたタイミングで、強く突き上げられて意識が飛びかけた。
本当はもう何も考えないで意識を手放してしまったほうがずっとずっと楽なんだろうけど、きっと、彼が助けに来ると、そう信じているから、

「いい面してんじゃねえか――」

男が続けて吐こうとした何らかの言葉の代わりに、吐き出されたのは血液だった。

「――ァ?」
「何だてめえ!?」

視界に青がちらつく。

「――黙れよゴミ共」

聞き覚えのある声は、何より愛しいそれで、そして今まで聞いたことのない鋭さと冷徹さで、

「絶対に許さない」

剣が引き抜かれると同時に、ついぞさっきまでユーエの上で腰を振っていた男の身体が傾ぐ。それを乱雑に一蹴りして、横に大きく弾き飛ばしたのは、待ち望んでいた青色だ。
確かな安心と、見たことのない殺意と憎悪と、冷酷さの入り混じった何かをユーエに運んできたのは、他でもない、アルキメンデスその人だった。

「おいィもしかしなくてもこいつヒモ付きだったのかよお」
「冗談じゃねえ、ずらか――」

目にも止まらぬ一閃と一突き、腱を切られた男が蹲る一方で、いち早く逃げ出そうとしていた男が、背中側から心臓を貫かれる。

「……生きてる価値もクソほどもないくせに、よくも」
「ひっ……!!」
「よくも俺の女に手を出したな」

謝罪の言葉か、それともなにか言い訳か、言葉が吐かれるよりも速くその喉元に剣を突き立て、後ろからせめてもの抵抗か、殴りかかってきた男を軽くいなして、腹を一突き。死に切れずもがく男を足蹴にしてとどめを刺す。
そうして一人また一人と地に伏していくうち、最後の一人は震えながら懇願する。

「お、俺はなにもしてねえ、仲間が呼ぶから来ただけなんだ、そしたら、あんたが……ッ、俺はなにもしてねえよお、助けてくれ、見逃してくれよお、」
「……そうか」

男の顔に安堵が浮かんだ刹那、見開かれた目と冷徹な青い瞳が交錯した。
最後の一人にも無慈悲にその剣を突き立てて、そこにあった悪総てを駆逐した勇者は吐き捨てる、

「……ゴミの処理も楽じゃねえんだよ、ふざけやがって」

剣を一振りして血を払い、鞘に収めたところで、ようやくユーエの見覚えのある顔が戻ってくる。
すっかり汚され痛めつけられ、どういう顔をすればいいのか分からないなりに、彼の方を見ようとして気づく。
彼すら怖い。目が合わせられない。

「ユーエ!!」

それから呼ばれた名前に、身を竦ませるしかなかった。

「あ、あ」

強く抱き寄せられる。ごめん、ひとりにしてごめんな、と何度も囁かれる声が遠い。肌を押す感覚それ自体が、ついさっきまでの語るにも恐ろしいあれそれを思い出させて逃げ出したくなる。こわい。おそろしい。離して欲しい。
そのうちガクガク身体が震えだして、ずっと堪えていた恐怖が嗚咽になって溢れ出す。なにに恐怖しているのかも分からないまま、ただそれに任せて泣いた。

「ごめんな、怖かったよな、……もう、もう大丈夫だから……俺が、いるから……ごめん、本当に、ごめん……ユーエ、……ごめんな、ユーエ……」

自分を抱きしめてくる手が震えていたのに、ふと気づいた。


人目を避けるように(――ユーエの着ていた服はもはやただの布切れでしかなかった)宿に戻って、ユーエがシャワーを浴びている間、アルキメンデスはどうにも落ち着かなかった。
彼もひとっ風呂浴びはしたけど、血の匂いをざっと流してしまえばそれでよかったし、それでついでにこの得も言われぬもやもやした気分も流れてしまえばよかったが、そうはいかなかったようだ。
――思い出したくないことは、ひとつ引っ張り出されると芋づる式に引きずり出されてくるものらしい。

「……ッ」

あの日突然姿が見えなくなって、次に会った時には無惨な姿だった彼女のことが否が応にも思い出されて、決して悪は許してはならないんだと誓ったあの日の、もう二度と自分は恋をすることはないだろうと思ったあの日のことが、頻繁に脳裏を過っていく。
抱えた運命全てを受け入れると、両の手を広げたユーエの中に飛び込むことすら躊躇っていた自分はもういないし、そこまでして自分のことを愛してくれる彼女を拒む理由は何処にもなく、必ず護ると、そして一生添い遂げると、そう誓ったその日以来、あのことはもう忘れたと思っていた。
いつの間にか思い出す髪の色は薄緑にすげ替えられて、血の海に沈んで見開かれている眼は深海の色、

「――くそッ!!」

喪われなくてよかった。それを何より安堵するべきはずなのに落ち着かない。
大切なものを汚された怒りと、うまく言い表せない不安がない混ぜになって頭の中を駆け巡り、どうしようもなくイライラした。

「……あ、る?」

不安げな声と深海の色の目が、こちらを見ていたのに気づかないくらいに。

「! ユーエ……」
「……どう、したの、そんなに、怒鳴って」

ユーエは視線を合わせない。それはまるであの本の中、出会ってすぐの頃のような――

「ユーエ」
「……なあに?」
「俺を、見てくれ」

見てくれ。見てほしい。そこに彼女がいることを確かめたい。
そう言われると、彼女は引き攣った笑みを浮かべながら、ゆらゆらと視線を漂わせた。ごく一瞬目が合って、すっと逸らされていく。

「……怖いか?」
「……ごめん、なさい、」
「いい、……俺こそ、ごめん」
「うえ、っ」

二重の意味で放たれた謝罪の言葉を彼女が理解しきる前に、手が伸びていた。
離して欲しそうに身を捩って何事か呻くユーエに、本当なら、そっと傍に寄り添って、彼女が落ち着くまで待つのが一番いい。今まで彼女を見てきて、それがひとつ経験として分かっていたことだった。
今、それに、自分が耐えられる自信がなかった。

「あ、ぐ……、……ある、おねが、い、あの、……」
「……ごめん、ごめん分かってる、分かってるんだ……」

続く言葉は、離して欲しい、だ。分かっている。
多少マシになったとはいえ、彼女が抱えて押さえ込んでいた恐怖に、火がつかないわけがないのだ。見知らぬ男に囲まれて、酷い目に合わされれば。
彼女を不安にさせないためにも自分が強く立ってなければならないのに、それが欠片も許されない。今腕の中に強引に収めている温もりが喪われかけたことが何よりも恐ろしくて。

「……ある、……どうして、……」
「悪い、ごめん、ほんとうに、」

不意に深海の色にとらわれる。
先程まで目を合わせてくれなかった彼女が、まっすぐに見つめてきた。

「……どうして、震えてるの、」

言葉が出なくなる。

「……こわいの?」

返事もできない。
代わりに、強く抱き締める。ユーエが身を竦ませるのが分かった。耳元で聞こえる呼吸の音が荒くなって、それを落ち着けようと深呼吸をしているのも。

「だいじょうぶ、よ、だって、……わた、しは、ここにいる、から、……アルが助けてくれたから……」
「……無理して、そんなこと、言わなくても、」
「……、……そっくりそのまま、返して、いい?……わたしより、アルのほう、が、泣きそうね」

震える手が伸びる。恐る恐る触れてきた小さな手が、優しくアルキメンデスの頬を撫でた。

「アル、我慢しなくて、いいのね、……泣きたいときは、泣けばいいって、いつも、わたしに言ってたのは、あなたよ」

無理して笑っているのが分かるのが悲しい。自分の不甲斐なさに反吐が出る。もっと強くあらねばならないのに、頼れる男として真っ直ぐに立っていなければならないのに今の自分はどうだ、
――ボロボロの大切なモノに寄りかかって泣くことしか出来ない。

「……ッ……!! ごめん、ごめんユーエ、俺が、……まもっ、て、やれなくて、ごめん、ほんと、に、……怖かったろ、……ごめん、ごめんな、俺は、」
「……、……うん、こわかった、こわかったよ、……すごく」

情けないほどに溢れる涙は止まらず、震える小さな手が頭を撫でるたび、どうしようもなく苦しくなる。

「けどね」

深海の色の目が見つめてくる。
ゆらゆら揺れる瞳は、今にも溢れそうなくらいの涙を貯めこんで、

「アルが、来てくれるって、信じてたから、へいきだった、……は、嘘に、なる、けど」

大粒の涙が彼女の頬を伝った。

「来てくれた、から、もう、平気よ」

それきり紡ごうとする言葉は、すべて嗚咽に置き換わる。
彼女が一番辛かったんだ、よく、信じて耐えていてくれた、彼女は時折、驚くほど、強い。

「……ごめんな」
「……もう、いい、謝らないで、……、わたし、だって、ひとりで行く、とか、言わなきゃ、よかったの、」
「もう、俺から離れるな、ずっと俺のそばにいろ」

それは我儘かもしれない。
彼女を縛り付けるだけかもしれない。自由を奪う枷かもしれない。

「……うん」

それすら彼女は受け入れる。

「ぜったい、そうする、――アルがいやだ、って言ったって、そうするからね、忘れないでよ」
「俺が嫌がるわけ、ないだろ」

強引に唇を重ねて、所有の意思を押し付けていく。
今すべきことではないのかもしれないけれど、無事自分の手の中に大切なものがあるという安心感が得られた次は、それを汚されたことがとにかく許せなくなる。

「……あ、ぅ……、……アル?」
「……ユーエ」

もう一度唇を重ねる。今度は深く。

「ユーエ、……ごめん、」
「……いいよ」

言外の意味を捉えた彼女がやんわりと微笑んで、その身を預けてくる。
泣きはらして赤くなった目が、困ったような、期待するような色を浮かべていた。

「……ごめん、……けど、ユーエは、俺のだから、……もう絶対、俺以外には触れさせないから」
「……じゃあ、もう、アルのことしか、考えられないように、させてくれるの?」

それは挑発だったのかもしれないし、純粋な願いだったのかもしれない。
判別している暇も、余裕も、なかった。今はただ、誰より優しく、彼女を愛したかったから。

「――当たり前だ」

触れる程度のキスをして、強く抱きしめた。

20140627
モブレは手段であり目的ではない。結局アルユエが大正義なのです。
大してえろくはないんですが、ヤることヤってるしでえろいほうに格納。