マインドブレイクブロークン




※とても後味悪く仕上げてます
※どう見てもバッドエンド
※お借りしました:ダグラスさん、リリーシャちゃん、アルさん、キタカさん、キリエさん
※借りといて人のキャラを殺していますがifです ifバンザイ
※タワムレ終了後にネジせかが始まる時間軸だったら?というifです
※ダグラスさんいじめんの超楽しかった












あの本の世界の中では、一般人だという自負がある自分ですら、戦闘に立ち、飛んでくる数多の攻撃をかわして、前に立つ仲間を回復できる力があった。薬屋の息子が作る薬は確かに彼らの助けになり、多少の相性の善し悪しこそあれど、「ページを捲る」ことには何も事欠かなかった。
何より周りの仲間は頼もしくて、腐れ縁のあいつもそうだし、その他魔法使いやら傭兵やら勇者やらハンターやら、何故一般人である自分が隣に立って戦うことができるのか、というような人たちから頼られることもあり、理解の範疇は超えていたが本の世界だから、で片付けていた。自分が戦わなければいけないのも本の世界だからだ。
元の世界に帰ればただの薬屋のしがない息子で、ページを捲る前と後で変わったことと言えば、多少の交友関係と、自分に大切なひとができたことくらい、だった。
何年も想われ続けていたことに気づけなくて申し訳ないなと思ったけれど、それでも自分を好いてくれるのは本当に有難いと思ったし、そして尊く、しがない薬屋でしかない自分でも、脅威から護らなければならない存在だと思えた。

――それが護れる範囲であれば。

今、元の世界に帰ってきて、それすらも叶わない気がして、頭を抱えている。

「……ダグラス、だいじょうぶ?」
「ん、ああ……」

本の世界を閉じ、元の世界に帰ってきたダグラスとリリーシャを待っていたのは、謎の迷宮だった。突如現れたその迷宮からは無尽蔵にモンスターが湧き、平和な街を脅かしていたのだ。
湧くモンスターと迷宮の対処に兵士だけでは手が回しきれず、一般市民まで動員されているのが、今。本の中で頼った顔ぶれが、少しばかり迷宮攻略に出向いているのがまだほんの少し心の救いだった。一般人の自分たちに比べたら、よっぽど頼りになるから。

「……今日も、大変だったね」
「……気をつけないと、な、……俺達も」

その迷宮は人が死ぬ迷宮。
それを目の当たりにしてから、迷宮探索は恐怖との戦いになった。
どこそこの誰それが死んだ、だの、腕が一本、だの、物騒な会話に完全に心は疲弊していたが、まだどこか他人事のようでいた。幸いにして自分たちと一緒に行動している仲間たちは、怪我を負うことこそあれど、みんな無事帰ってくる。彼らは死ぬことはないだろうと、心の何処かで思っているのは、事実だ。

「ようダグラス!それにリリーシャも、無事か」
「あ、アル、さん……怪我、だいじょうぶですか」

その一人である青の勇者は、相変わらず頼りになる人だ。

「これくらい平気だよ。こんなところで死ぬ訳にはいかないからな」
「……ユーエが、待ってるもんな? こんなところでなんやかんややってないで、早く別の世界に行ったほうが、身のためなんじゃねえのか」
「それはそうかも知れないけど、……かと言って困っている人は放っておけない」

死ぬなよ、が別れの挨拶になりつつある。短く言葉をかわして勇者を見送り、隣にいるリリーシャに目をやった。
数月前に負った怪我は、大丈夫そうな様子ではあるけれど。

「……リリーシャ、は、……平気か?怪我」
「あ、うん!もうぜんぜん大丈夫、だよ、……ごめんね、心配かけて……」

前に立って斧を振り回すリリーシャに対して、ダグラスは後ろから弓を射る。
必然的に前にいるリリーシャの方が怪我をする危険度も頻度も高くて、弓を手に取ったのは自分とはいえ、リリーシャに護られているような感覚に陥るのがやるせない。かといって前に立って剣を振り回したりする度胸も腕力も技量もなく、せめて少しでも彼女が楽になるように、と、薬をとっかえひっかえしたりはしているけれど、効いているのだろうか。

「……ならいいんだけど」
「うん、ほんとだよ、大丈夫。……今度行く迷宮、危ないらしいから、気をつけないとね」
「そう、だな、……」

大切なひとと行く迷宮と、大切なひとを待たせて行く迷宮は、どちらが辛いのだろう?

その、疑問の、答えは、――




「リリーシャ!!後ろ、」

声を荒らげたのが誰かすら怪しい。誰かが声を上げた時に、リリーシャの身体は自分の隣から消えていた。
這いよる蔦は絶望の蔦。振り返った先にいるのは、禍々しく咲いている、花、本来雄蕊と雌蕊のある位置に不気味に丸く穴が空き、そこにずらりと並ぶ鋭利な歯は、それが出会ってはいけないいきものであることを確かに告げていた。

「――え?」

思考が止まる。リリーシャはどこに消えた?
がりがりごり、と、金属が石を擦る音がして我に返った。リリーシャの斧が、引きずる力に抵抗している音だ、

「リリーシャ!!」
「ダグラス前に出るな!!危ないぞ!!」

ダグラスを半ば突き飛ばすようにして前に出たのは、アルキメンデスだった。剣を握って切り込みに行けば、無数の蔦が、彼をも捕らえようと動く。
いつぞやにいた本の世界でのように、アルキメンデスの身が翻る。迷宮の壁面を叩く蔦を斬り伏せながら背後から迫る蔦をかわしてもう一斬り。彼がそう簡単に捕まるようなひとでないことは知っていたが、時間の問題だろう、ダグラスも弓を取った。
ただ動揺のあまり狙いが定まらない。リリーシャと、アルキメンデスを避けて、その向こうに矢を射ればいいだけなのに!

「……ッ、いやだ、嫌だ……!!」
「リリーシャ、……リリーシャ!い、今、」

助ける、言葉の続きは紡がれない。
横薙ぎに飛んできた太い蔦に激しく胴を打たれ、薬屋の屈強とはいえない身体はあっさりと宙を舞う。番えようとしていた弓矢は明後日の方に飛び、ダグラスは迷宮の石畳に背中を打ち付けた。完全に視界の外から飛んできた蔦が、目の前でゆらゆら揺れた。

「……ッ、てえ……、」
「ダグラスッ!!ダグラス、……っあ、嫌、あああああ」

甲高い声が響いて、それがすぐに悲鳴に変わって、痛む身体を強引に起こしたちょうどその時、リリーシャの身体がふわりと浮いて、石畳に叩きつけられたのが見えた。リリーシャはそれでも斧を手放さない。引き寄せられきったときにせめて一撃与えるつもりでいるのだろうか、そんなことより本当にさっきまで隣ではにかみながら微笑んでいた顔が苦痛の色に塗りつぶされていくのが、ああ、もう見ていられない、

「リリーシャ……!!」

誤射も何も気にしている場合ではなかった。アル、ごめん、なんか飛んだらごめん、でもお前なら多分避けるか叩き落とすかしてくれる。もし刺さったらちゃんと手当はする。
弓を構えて矢を番え、射る。植物の弱点なんて分からないが(――キリエに聞いておけばよかったかもしれない)、少しでも、ダメージを稼がないと、リリーシャが、

「くそっ!! リリーシャを離せ!!」

自分が言うべきだろう言葉を口から吐き出し、果敢に蔦に斬りかかるアルキメンデスの後ろで、ダグラスはただ矢を射るしかなかった。考えたくはないが、もしかしたら、ここで、とか、そんなことばかりが脳裏を過って狙いはろくに定まらない。
リリーシャに限界が来る前に早く、早く助けなければ、と焦る心が、狙いの定まらなさを増長させていた。
ああ、自分にもっと、力があれば、誰かに頼らなくてもすぐに飛び込んで、助け出すことができたのか、――

「ぐ、あっ……!」
「アル!!」

一瞬の隙をついて振るわれた蔦が、アルキメンデスを迷宮の壁に叩きつける。
迷っている暇も何もなくて、自分が前に飛び込むしかないのでは、と、ダグラスがそう思った、その時、

「あっ、が、」

リリーシャの身体が再び宙に浮いて、石畳に叩きつけられ、その手から斧が離れた。
その時を待っていたかのように、蔦は激しく動いてリリーシャを引きずっていく。抵抗する術を失った身体が、無慈悲に食人花に引き寄せられていくのが、随分とゆっくり見えた。

「リリーシャ、」

鮮やかな緑色の瞳が恐怖に見開かれて、


「ああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

ばき、ごりっ、と、噛み砕かれる音が、リリーシャの悲鳴と合わさって、最悪の不協和音になる。
目の前で何が起こっているのかを理解させる間もなく、リリーシャの小柄な身体は、無慈悲に花弁の中に消えていく。どうしたらいいのか分からない。目の前の事象をただ眺めていることしかできない。それは隣で身を起こしたアルキメンデスも同じだった。
血の気が抜けて蒼白になっていく彼女の顔は、こんな時だというのに妙に穏やかにダグラスたちを見つめている。待ってくれ、リリーシャ、諦めないでくれ、――微かに口が動いているけれど、何を言っているのかは全く聞き取れない、言葉を発しているかどうかもわからない。ただ無慈悲に骨を砕いて肉を引き裂く音が聞こえる。
そして、その身をその禍々しい花弁の中に飲み込まれたリリーシャが、助けを求めて伸ばしていただろう左腕から、力が抜けた。

「……あ、……、……嘘、だろ、リリーシャ、」

だらりと力無く垂れ下がる左腕が食いちぎられて、石畳の上にぼとりと落ちる。
落ちた左腕にも、残されたダグラスとアルキメンデスにも興味が無いのか、彼女を飲み込んだ花が閉じた後、その花は再び動くことはなかった。




どんな顔をして歩けばいいのか、分からなくなった。
アルがリリーシャの振り回していた斧を担いでくれている。自分の手の中には、リリーシャが、唯一残ったリリーシャだったものが、ある。きっとひどい顔をしているんだろう、少し前を行くアルの表情を伺う余裕もなく、ただとぼとぼと歩いた。すっかりリリーシャは、軽くなってしまった。
戻ってきてから少し太ったかも、なんて笑っていた。本の中で貧しい生活をさせてしまっていたのが今更申し訳なく思えてくる。もっとできたことはあったんじゃないだろうか。もうリリーシャの作るミートパイもニシンのパイも食べられないのか、もっと、いろいろ作ってもらえばよかったかもしれない、

「……、……リリーシャ、……リリーシャ……」

何もかもが今更すぎて、街に戻る足取りも重く、時折譫言のように名前を呼ぶだけのダグラスに、アルキメンデスは何も言わなかった。
ダグラスの歩みが止まれば彼も立ち止まって、また歩き出せば共に歩く。それ以外に、できそうなことがなかったからだ。愛しい人の喪失を知っているから、こそ。自分だって、二度目は、見たくない。

「……ダグラス、」
「……」
「斧は、綺麗にしてからお前のところに持って行くよ。――次の探索まで、ゆっくり休め」

とん、と軽く背中を押して、いつものようにゆらりゆらりと手を振って別れる。
振り返す手はなかった。視線だけが、アルキメンデスの背に刺さっていた。
斧を担ぎ直して、ため息が漏れる。目の前で人が死ぬのはとてもつらいし、それが知り合いで、――友人の彼女であればなおのこと、

「……もっと、強ければ、よかったのか、」

強くあらねばならない。自分が死なないためにも、これ以上誰も死なせないためにも。


別れた道の角を曲がればすぐのはずの、薬屋ブラックウッドに辿り着くまですら、随分と長く感じられた。
扉を開ければ入店者を知らせるための鈴が音を立て、カウンターにいる妹の視線がこちらに向く。そこまで今までどおりなのは知っている、ただ、妹の顔が、見れない。

「お兄ちゃん!!お帰り、なさ、……い、……」

自分はきっとひどい顔をしていたんだろう、と。妹が声を詰まらせたのを見て、察した。

「……ただいま」
「お兄ちゃん、……、……うん、えっと、今日はもう、休んでていいよ。ご飯、あとで部屋に持って行くね」
「……、……悪い。ごめん」

何も言わずに階段を駆け上がって、自室に飛び込んで、すっかり小さくなった『リリーシャ』を抱きしめて、一呼吸置いた。
すっかり忘れていたけれど、石畳に背中を打ち付けたのが、まだ痛む。ご飯のついでに、妹にお願いしよう、と思った。
まずは怪我を治さなければいけない。次の探索で誰と一緒になるのか分からないが、迷惑をかける訳にはいかない。それと、リリーシャを護ってやるためにも、万全の状態でいなければいけない。そう思いながらベッドに倒れ込んだダグラスは、すぐに意識を手放した。

妹が部屋をノックした音にも気づかない。

「……お兄ちゃん、……」

何があったんだろう。
誰か死んでしまったのだろうか、兄と共に迷宮に向かった人が。兄は数日前に語っていた、まだ自分の前で死んだ人はいないから、俺は恵まれている方だ、と。
鍵はかかっていなかったので、そっと机の上に、薬と書き置きを残した。迷宮から人が戻ってきているから、薬屋に来る人が増えてきていて、あまり話をする時間もない。

『お兄ちゃんへ
 身体は大丈夫ですか?とりあえず、湿布と痛み止めを置いておきます。他に使うものがあったら言ってね
 ヒルダ』


そうやって何日か本当に何もしないで、家からも出ずにゆっくりと身体を休めた。
迷宮探索を始めてからずっと見ていた後味の悪い夢すら見ずに、起きて、ヒルダが持ってきてくれる薬を塗って、少し店を手伝って。
ヒルダが怪我を心配して、お兄ちゃんは店の手伝いはいいよ!なんて言うのだけど、妹ひとりに任せっきりにしているのも悪い気がして。ただ背中がひどく痛むものだから、重い荷物を運ぶのを手伝えないのが歯がゆい。

「……悪い、ヒルダ。……なんにもできなくて」
「ううん、いいの。お兄ちゃんは迷宮から無事に帰ってきてくれれば、それでいいのよ」

ヒルダのためにも、それとリリーシャのためにも、自分は迷宮で死ぬ訳にはいかない。そう思って(――同時に妙な違和感を感じて)視線をゆらゆら適当なところに飛ばせば、薬屋ブラックウッドの扉が開く。
扉の向こうにいたのは、見知った男だった。腐れ縁の、そいつ。

「……キタカ」
「ああ、ようダグラス、怪我したんだって?アルさんから聞いた」
「ちょっとな」

緑色の瞳が(――なんだろう、今はとても見たくない)店内を探るように見てから、ダグラスに突き刺さる。

「ダグラスさ、リリーシャ知らない?」
「――え?」

名前を出されるだけで苦しいのは、何で。

「見当たらないんだ。お前のとこにいるとかじゃないのかなって思って、来たんだけど」
「――悪い、知らねえ」
「彼氏のくせにか」

(今はできることならそこに触れないで欲しいというか知ったような顔をして話すんじゃないお前は一体何を知っているんだ)

「……知らねえのは、知らねえよ」

そういえば本当に、リリーシャはどうしたんだ?最近見ない、――いやそんな、
カウンターをするりと抜けて階段を登って行ってしまった兄の背中を見つめ、ヒルダは苦笑いを、兄の腐れ縁の男に向けるしかない。

「……ごめんなさい、キタカさん。最近お兄ちゃん、疲れてるみたいで」
「……まあ、迷宮探索が大変だから無理はないと思うけど……、悪い、邪魔して。ダグラスによろしく」

どうにもあの様子は、何かあるような気がしてならない。
拒絶されてしまえばそれ以上踏み込むことはやってもしょうがないし、口論になるのが見えている。それは面倒だった。


リリーシャの声を最後に聞いたのはいつだっけ、――
リリーシャの手を最後にとったのは、――

「……、あ、」

なにか大切なことを忘れているのではないか、部屋に入って後ろ手で恐る恐る部屋のドアを閉めて、すっと血の気が引いていく。
やんわりじわり、何となくのレベルで、嫌な匂いが鼻をくすぐる。これは まさか いやそんな

「――!!」



そうだ、リリーシャは、もういない



布の包みの中に隠していたつもりの現実がじわじわと迫っている。元から隠せてなんていなかった。逃げていたのは自分だ。
リリーシャは、あの時、自分の目の前で、

「リリーシャ、……――う、ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

体の震えが止まらなかった。
あのとき確かにこちらに手を伸ばしていた、助けを求める手はろくに握れやしなかった。父親から教わった弓もなんの役にも立たずに、彼女はこの世界から消えていった。残されたものに縋って、そこにいることにして、数日過ごしてきたけれど、漂う異臭がその思考すら拒む。あれはもうリリーシャではない。だったものだ。
どうして自分は剣を取らなかったんだろう、彼女を後ろに置くのが無理ならせめて隣に立っていれば代わりになることくらいできたかもしれないのにどうして、弓なんか教わらなきゃよかったのか、教えてきた相手すらもうこの世界にはいない!!

「お兄ちゃん!?」

妹が階段を駆け上がってきて部屋に飛び込んできて、崩折れたダグラスの肩を持つ。
ダメだヒルダ、俺は取り返しの付かないことをしてしまっている、近づいてきちゃダメだ、

「……おにい、ちゃん、」
「リリーシャが、……リリーシャ、は、……」
「……」

譫言のように呟く名前と、兄の様子を見て、何があったか悟れないほど、ヒルダは鈍感ではなかった。

「お兄ちゃん」
「……、……ヒルダ、……ごめん、……ごめん、何も、言わなくて、……リリーシャ、は、……」
「……、……お兄ちゃん、生きなきゃ、だめだよ」

仲良しだった彼女は、きっともういないんだろう、それは、ヒルダも悲しい。(――どうして兄は、さっき知らない、って言ったんだろう)
残酷なことかもしれないが、兄にまで死なれてほしくないし、それは、彼女だって同じはずだ。きっと。

「……リリー、シャの、ぶんも、生きなきゃ、だめだよ、お兄ちゃん、……リリーシャが、悲しむよ、……」
「ごめん、……ヒルダ、ごめん、ごめん……」

兄はどこに謝っているのだろう、自分以外の何処かに向かってずっと謝り続けている気がして、だけど何も言えなくて、ヒルダには兄の背中を撫で続けることしかできなかった。



生ぬるい空気にお香の匂いがゆらゆらと乗って、その中でぼんやりとしていると、何もかもがどうでも良くなってくる。
食事もろくに喉を通らなくて、ヒルダに悪いとは思う。何も手に付かない。きっと今の自分は見ていられないんだろうと思うし、部屋の扉を開けるときも随分恐る恐るといった様子だったけど、何かあったのだろうか。

リリーシャ、ごめん。
強くなくて、護れなくて、ごめん。後ろから弓を射るしかできなくて、ごめん。

リリーシャは、死んだ、もういない、リリーシャは、目の前で、死んだ。
もっと俺が強ければよかったのに、アルみたいに勇ましく、向かっていければよかったのに、なんで後ろから弓なんて使っていたんだろう、そもそも何で俺じゃなくてリリーシャだったんだろう、好きな人ひとり守れやしないなんて、何で俺はあの本の中みたいに動けないんだ、誰より早く動いてちょっとお祈り、そうするとあいつが阿吽の呼吸で顔出して、なんで俺達みたいな一般人があんなところに、本の中みたいにろくに動けやしなくて、ああだから、リリーシャを連れて行くべきじゃなかったんだ、リリーシャに、まだ何も、してやれてないのに、――あの、ネックレスは、花に飲まれてしまったきりなのか、リリーシャを守れなかった、リリーシャ、――リリーシャ、……




「……リリーシャちゃん、が?」
「……え、リリーシャ、あいつ死んだの」

迷宮から戻ってきて数日後、リリーシャの斧を担いだアルキメンデスに声をかけてきた、彼女の親戚とダグラスの顔見知りだという植物学者に、知りうることを伝えた彼は驚いた。ふたりとも、リリーシャが死んだことを知らなかった、という。それどころかダグラスも見ていない、と。

「……すまない。てっきり、もう知るところとなっているもんだとばかり、」
「仕方ないよー、アルさんだって怪我しちゃったんでしょ?それを治すのに専念してたんだろうし、……斧のことだってあるし、さ、うん」

植物学者のキリエも、リリーシャの親戚のキタカも、迷宮探索に駆り出されている。キタカは特に、ダグラスと仲がいい……というか、腐れ縁というか、他よりは親交の深い人間のはずだ。

「……キタカは、ダグラスには」
「……会った。あいつの店行ったけど、リリーシャのこと聞いても知らねえって一点張りでろくに話してない」

そう呟く声は、彼にしては珍しく、低く重い。

「アルさんさ、ダグラスのところ行くんだったらみんなで一緒に行かない?私もダグラスのこと心配だし、……キタカさんもそうだよねえ、ねえ?」
「あ、お、おう?」
「そうだな、一人で行くよりは心強いから、頼むよ。行こう」

答えは聞かない。聞かなくても、キタカならついてくるだろう、という思いはあった。実際その通りに、少し迷いはしたのか、アルキメンデスとキリエが歩き出してからしばらく後に、後ろから駆けてくる足音があった。






薬屋ブラックウッドのカウンターにいたのはヒルダだけで、彼女は顔見知りのキリエを見て顔を綻ばせた。
ヒルダ曰く、ダグラスはすっかり憔悴しきって、部屋からもあまり出てきてくれなくなった、と。ご飯の時は出てきてくれていたけど、ここ2日はそれもなくなって、ほとんどご飯も食べてないんです、そういうヒルダの頭をキリエがぽんぽんと撫でて、きっとだいじょうぶだよー、なんて励ましている。

「……あいつ、ほんと何やってるんだ」
「キタカ、……自分に置き換えて考えてみろ、ラディが目の前で死んだらどうする」
「あー、ああ、……ラディは死なないから、……、……死なないから……」

重い空気の中階段を登って、2階の一番奥のダグラスの部屋に歩いて行く。近づけば近づくほど、妙な匂いがした。

「……なんかにおうね、……お香?」
「だろうなあ、……あいつそんな趣味ないはずなんだけど」
「気分転換か?」

随分と強く焚かれたお香の匂いが鼻につく。ドアの前まで来れば特に顕著で、もしかしたらヒルダはこの状況に怯えて兄の無事を確認できていないのではと思うほどだ。
そっと、アルキメンデスが部屋のドアを叩く。

「……ダグラス、俺だ。アルキメンデスだ」

リリーシャの斧を持ってきたから、開けてくれないか。そう呼びかけた数刻後、鍵の開く音がする。扉は、開かない。
後ろのキリエとキタカに目配せして、扉を押し開ける。

「――っうわ、くっせえ」
「ダグラス、大丈夫ー……?」

強いお香の匂いに後ろの二人が顔をしかめるなり目を伏せるなりする中、アルキメンデスは、お香の匂いで強引にかき消しているそれに気づいた。気づいて、しまった。
まさかそんな、馬鹿な。

「……おい、ダグラス、」

俯いてベッドに腰掛けているダグラスを睨みつけて、

「――リリーシャの左腕は、どうした」

その言葉に反応してゆっくりと上げられた顔の、狂気と絶望に満ちた緑色の瞳が三人を見据えた。
ひどく悲しげで、そして全てを諦めた、その目。

「……だ、ダグラス……?」
「お、おい、アルどういうことだ、説明しろよ、……ダグラス、お前……」

「リリーシャなら、俺と、一緒に、いるよ」

焦点の定まらない緑の瞳と、床に転がった複数の空き瓶が、三人の恐怖を更に煽る。
ダグラスが大事そうに抱えている包みは、もしかしなくても、

「……、ッ、ごめん俺もう無理……!」
「キタカさん! 無理、しないで……!」
「キリエ、キタカを頼む!」

異常な光景に耐えられなくなったキタカが、口元を抑えつつ部屋を飛び出す。彼のことはもう一人に任せて、アルキメンデスはすっかり変わってしまった友人に相対する。
世界を旅してきて何度か嗅いだことのあるそのにおいは、間違いなく、リリーシャだったものが原因だろう。

「ダグラス、お前、どうして」
「……ああ、アルか、……アル、お前は、いいよなあ、」

抱えていた包みを脇にそうっと置いて立ち上がったダグラスが、ゆっくりと、歩み寄ってくる。

「何のことだ、」
「ユーエ、を、護ろう、なんて考えなくたって、迷宮探索できるんだもんな……、それに、……お前は、俺と違って戦えるんだ、……一般人の俺と、違って、……ユーエを、死なせなくて、済むんだろ、……リリーシャと一緒にいくべきじゃなかったんだ、俺が、俺なんかが、リリーシャを、護れるわけ、なかったんだ、」

伏せられた緑の瞳が抱くのは後悔、すぐに戻ってきた視線に乗るのは、嫉妬。

「……お前は、お前はいいよな、……ユーエだって一般人じゃないものな!!戦いの心得があって、俺達みたいに一般人じゃなくて、……何よりあいつはここに、いない!!」
「何だ、お前、……ユーエユーエって、あいつは今関係ないだろ!!」
「ユーエが死んだら、――目の前で死んだらどうするんだ、」

分かっている。こんな言い合いしたって誰も幸せになんてならなくて、ただ辛いだけで、そんなの自分がいちばん分かっている。
それでも目の前の力を持つものに対して抱くこのどうしようもなくおぞましくて暗くて最低な感情を吐き出さないで飲み込めるほど、人格ができているわけではなくて、何より、つらくて、

「死なせないさ、この剣に誓ってユーエは絶対に死なせない、」
「俺はお前と違ってそういうことができないんだよ!!ただの一般人の薬屋だ!!」
「――ッ、……」

吐き出した言葉が自分に返ってきて深く深く突き刺さる。
そうだ、ただの、一般人の薬屋でしかないのに、どうして、

「俺は、……俺は、リリーシャは、リリーシャ、……リリーシャ……!!」

膝を折って崩折れる彼に、アルキメンデスは何も言えない。
彼女が死ぬだなんてもちろん考えたこともないし、自分も、彼女も、そうなることなんてない、と思っているからだ、そこには確かな自信がある。そもそも一緒にいるなら、そんな危ない目には絶対に合わせない。それよりも、友人が叫んだその言葉が強く、深く、刺さる。確かな力量の差。後ろからのダグラスの矢は、頼りにしているのに、こういう時になんと言えばいいのか、わからない。
――こうなってしまう状況が、世界が、何よりもおかしいのはよく理解していた。

「……ダグラス、俺は、」
「……もう、いい、……出て行ってくれ、放っといてくれ、……俺は、もう、いいから、……もう、……」

アルキメンデスを突き飛ばすように部屋の外に押しやり、ダグラスは部屋のドアを勢い良く閉める。ドアの向こうから何事か言っているのが聞こえてきたが、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。
ベッドまでよろめきながら歩けば、足元に転がる薬の瓶が、爪先に当たって転がっていく。壁にぶつかってかこんと音を立てた瓶は、何の瓶だったか、もう忘れた。

「リリーシャ、」

ごめん。

「――リリーシャ、」

不甲斐ない彼氏で、ごめん。
薬の瓶を引っ掴んで、開けた。傾けた瓶から零れた錠剤は、明らかに適切な量を超えているし、そもそも、今飲むようなものでも、なかった。
ざらざら小気味いい音を立てて錠剤を吐き出しきった瓶が、ごとり、床に落ちて、転がった。






20140322
敏捷精神25スキルの使い手足り得る彼の、こころがこわれていく話。

最悪死ぬゲームだと思っていたネジせかが高確率で死ぬゲームだとしってクソテンション上がりました
というのはともかくとして他所の子をボッコボコにするのはとてもしんどいですが楽しいですね。とても楽しかった。