いざないチェリーブロッサム

馬鹿はどっちだろう。もしかしたらわたしかもしれない。
そういう関係になってそういうことして、っていうのはきっと普通なのだろうけど、自分には分からないし、――なにより恥ずかしいのだ。きっと彼はわたしのことを優しく抱き寄せて、そうか分かった、で済ませてしまうんだろうけど(わたしが頭の中でぐるぐる悩ませていたことはそうやって一瞬で無に帰されるのだ、いつも)、自分から言い出すのはどうしても癪に障る、というか、気恥ずかしいというか、嫌だった。あと絶対に、後でネタにされる。
けれど今までの戦績は基本的に負けっぱなしで、自分はとんでもない弱点を晒してしまったのに対して、向こうの弱点はつかめないままだ。勇者だからそもそもないのかもしれない。
今唯一分かっているのは、耳に息を吐きかけると、びくりとさせられることだけだ。これは推測だけど、たぶん一度やったら、あとはあんまり効果が無い。

だからわたしはそれをやった。
ものは試しってやつだった。


「やられたんだからやり返していいよな?」

そう発された低い声が耳に届くのが早いか、いつも耳を隠している薄緑の髪が掻き上げられる感触があった。
耳介を下から上へ駆け抜ける刺激に肩が跳ねる。忘れていた。この人の反撃は早いし、的確だ。漏れる嬌声を抑えられずに呻けば、もう片方に手が伸びてくる。

「ちょっ……と、」
「ふふふー」

茶化すような声が耳について、それから弄られる刺激にまた肩が跳ねた。
自分でもなんでこんなに弱いのかわからないしそもそも自分で触ったりするわけがないし触られることなんて今までなかったんだ分かるわけがない。両方の耳にタイプの違う刺激が息をつく間もなく与えられて頭が蕩けていく、――ああ、待て、わたしの目的は、そうじゃない、

「ひゃっ、あ、……うええ……やめてよ、うえ……」

自分でも恐ろしいほど情けない声が口から漏れて、その勢いのままに、本心とは程遠い言葉も出ていった。
ほんとは、もっと、してほしい。これ以上にしてほしい。――わたしのことだけ見て欲しい。愛して欲しい。
そこに至るまでが酷く恥ずかしいのだけど、愛されていると強く感じる、繋がる行為は、嫌いじゃない――むしろ、好きなくらい。何度だって名前を呼んで、呼ばれて、抱きしめて、直に触れる身体はほんとうに暖かくて、しあわせだなと、思えるから。
そう思いながら刺激に耐えていれば、不意に視界がぐるんと動いた。ソファのクッションに頭が埋もれて、上から声が降ってくる。

「無理だな。こうなったらもう止められないぜ?」

それは待ち望んでいた言葉の気がしたのだけれど、実際に面と向かって言われると、ひどくどきりとした。
呻くような声しか出せない。何を言ったらいいのかわからない。紅潮する顔が隠せない。どうするべきなのだろう、と思考を巡らせているうちに、微かな笑う声と、言葉が耳に届く。――やっぱりユーエはかわいいな、と。

「ひゃ、あ」

言葉とともに首筋に這わされた舌の感覚に無意識に身体が震えて、我ながら情けなくなる。何か言おうと思って思考を巡らせているうちに、唇が重ねられて、言葉を発する権利は奪われた。深く、深く口付けられて、思い描いていた言葉の渦ははじけてどこかへ消えていく。互いを深く求め合って、糸を引いて唇が離されたころには、もはや思考すら追いつかない。

「――分かってるな?」

俺をその気にさせたのはお前だ、と言わんばかりの、青い瞳が、こちらを見ている。

「……、……しつけのなってないおおかみね」

あちらこちらに思考が飛ぶ中、なんとかそれだけ吐き出せば、青い狼は静かに笑いかけてくる。野生の狼は獰猛だ、と。うさぎはもはや逃げるすべを持たない。元より、逃げる気もなかった。
誘い込んだのは自分なのだから。








「――アル、あのね、」

身体を重ねた次の日、起きたときに彼が服を着ていなかったことはない気がする。
自分はいつもすぐに寝こけてしまうから、きっとわたしが寝た後に着替えているんじゃないかと思っている。でも今日は、寝る前に話しておきたいことがあって。絶対に明日の朝言いたくないから、なんだけど。がんばれ自分。

「……ん、どうした」
「……あのね、ユーエ、悪い子だからね、」

いつも使う手段。あんまり話したくないことは、他人のことみたいに語ればいい。

「今日、あなたのことを、誘ったの」

愛されたかったから誘ったの、と。だけど言うのは恥ずかしいから、あなたをその気にさせるようにしてみたの、と。うまく行きすぎてびっくりしたのは、内緒にしておいた。
落ちるとこまで落ちたなと、自分でも思った。わたしはもう一人じゃ生きていけない。この人がいなくなったら、わたしは本当に死ぬしかないと、強く思う。ひどいくらいに依存しきっているのが、つらい。
どういう顔されるかな、なんて反応するかな、そればかりが心配で、眠い頭でゆらゆら思考していると、そっと胸元に抱き寄せられた。

「うえ、」
「そうか」

ぽんぽん、と数度頭を撫でられてから、額に軽く口付けが落とされた。それだけで返答をもらえた気になって、そしてなにより安心して、その瞬間意識は闇へ落ちていった。その間際に、小さな声と回らない舌で、だいすき、とささやいて。


「――誘った、ねえ」

乗せられたわけか。
しかし据え膳食わぬは男の恥である。

「恥ずかしがり屋のくせに積極的なとこもあるんだな、……ああ、恥ずかしがり屋だから、か」

自分から言うのが嫌なら相手を乗せてしまえばいいわけで、それはあとでいくらでも免罪符に出来る。
からかうネタが一つ増えたな、と思いつつも、これを言ったらそれこそ顔を真っ赤にして、ぽこすか殴ってきそうなものだ。ちょっと愛を囁いただけで、脳天に手を振り下ろしてくるくらいなのだし。

「……ユーエ、」

それでも、遠回しにとはいえ向こうから求めてきたのは、うれしいといえばうれしい。
そして何よりたまらなく愛しい。

「愛してるよ」

夜更けに小さく囁いた声は、眠る彼女には届かない。
届かなくても通じているだろう、とは、思っているけれど。






20140303
誘い桜(いざないチェリーブロッサム)。

3/2〜3にかけての実際のログからセリフを多少拾っています。ログ小説?うっ頭が
修羅場明けアルユエのせいでこの糖分(というかえろ)をどうにかしてどうにかしたかったんだろうけどなかなかひどいなと思いました。ノリはだめだ。